イチローが、イチローだからこそ、控えに回った最後の5年間は見るのはつらかった

2004年に262安打を放ったイチロー
2004年に262安打を放ったイチロー

 拝啓 鈴木一朗様

 28年間の現役生活お疲れ様でした。

 22日、今年限りで終える愛知・豊山町で続けてきた「イチロー杯」の表彰式で、野球少年たちに「知識として持っているのではなくて、体験して感じてほしい。価値観が変わるような出来事をみんなに体験してほしい」とのメッセージで締めくくったのもあなたらしい姿でした。

 1996、98年の日米野球。2001年の自主トレーニング取材、同年の5月から6月のマリナーズ帯同取材。2014年暮れの大型インタビュー。あなたとの接点はこれくらいでしたが、オリックス時代はプロ野球の記録室担当、そして1999年メジャー担当となってからは、現地の記者や通信員の記事とともに、一挙手一投足を見守って、数多くの北海道版コラムに始まって、ネットコラムのベースボール・インサイド、そしてヒルマニアの題材とさせていただいてきました。

 1996年の日米野球。現役大リーガー20人に「イチローはメジャーでも活躍できるか」のアンケートのうち19人が「YES」(ちなみにわからないと答えたのはドジャース・野茂英雄でした)と、外交辞令が含まれているのを割り引いても、メジャー選手にもスピード豊かな攻守が衝撃的だったのです。

 2001年1月には、本拠地セーフコ・フィールドのトレーニングルームでトレーニング。また、グラウンドで遠投などを行っていた。午後1時すぎに囲み取材。約5分間程度だったが、レギュラーシーズンで5月に出かけると代表取材(それも1社)になったことを考えると、世間話もできた幸せな取材時間だったと今思います。

 ペナントレースが始まると心配されたパワー不足を補って余りあるバットコントロールと、圧倒的なスピードでメジャーを席巻していくのは皆さんも周知の通りです。ただし、5~6月にかけ約2か月間の取材も本人と話したのはわずか2度しかありませんでした。帰国後に、現地で感じたマイナス面をそのまま書いた「イチローはまだメジャーではない」のコラム。これがイチローファンの逆鱗に触れ、“2ちゃんねる”にもアップされたのも今では懐かしい思い出となりました。

 1年目から大活躍を見せ、2004年にはシーズン262安打のメジャー新記録を作った。帰国した際、吉田貴士さんが聞き手に回った元旦用の3ページに渡るロングインタビューに同席させていただきました。通常ならマネジャーなどがチェックするのですが、何とこちらが送った大量の原稿を自らチェック。それが返送されてきたのが大みそかの午後、大慌てで直しましたが、自らの言葉に責任を持つ“らしさ”に改めて感服でした。

 そのインタビューで記憶に残るのは「(試合に勝っても)ノーヒットだったら面白くない」。もう一つ、一時はパワーを付けるために筋肉トレーニングを試みたそうですが「(筋トレは)パワーがついても、(自らの持ち味である)しなやかな身体が失われる」の言葉。前者に関しては、先発出場が激減した晩年は変わってきたかもしれませんが、その後の活躍については細かく書く必要はないでしょう。「イチロー」を見守り続け、大記録達成の度に号外発行と付き合ってきました。

 現在、米野球情報サイト、「ジ・アスレチック」では“BASEBALL 100”と題して100人の男を毎日1人ずつ発表していますが、100位に入りましたね。これに関して、ファンの多くが「低すぎる」のコメントを書き込んでいます。それに対して、私は妥当な評価では、と思っています。

 実は2004年に出版されたトータル・ベースボールという大著での「野球界で最も重要な100人」を選出。あなたは、メジャー3年目の段階で56位に入りました(日本人では王貞治さんが71位に入っているだけ)。262本のメジャー新記録を塗り替える前年なのに非常に高い評価でした。

 ただ、メジャー記録を更新した連続200安打を始め、多くの記録が10年で途切れました。その後は積み重ねた記念の数字になる度にクローズアップされるだけの存在となったあなたを見るにつけ、ヤンキースとの2年契約が終えた2014年に辞めるべきだったのではないかとも思いました。

 1920年代から30年代にかけアスレチックスを中心に活躍した選手にアル・シモンズという外野手がいました。彼は1924年にデビュー、最初の11年間すべて打率3割で7度の200安打、2度の首位打者、1度の打点王に輝きました。その時点の打率は右打者ながら3割5分4厘でした。ところが、その後の打率2割8分6厘、通算2927安打を放ち通算打率は3割3分4厘で引退しました。1953年に野球殿堂入りを果たしましたが、現役晩年の不振もあって評価は上がらず、野球殿堂入りは10年目と時間がかかりました。

 走攻守兼備のあなたを同列にするわけではありませんが、もしヤンキースでユニホームを脱いでいれば通算打率は3割1分7厘(最終的に3割1分1厘)でした。ランキングのダウンも最後の5年間を加味したと考えれば納得がいきます。全盛時を見続けてきたからこそ、控えに回って、衰えの見えた走攻守を見るのはつらかったのが私の偽らざる気持ちでした。

 本当にお疲れ様でした。

 敬具

(ベースボールアナリスト・蛭間 豊章)

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