【箱根への道】創価大・嶋津雄大「網膜色素変性症」共に抱える永井と二人三脚

箱根駅伝での健闘を誓い、タスキを握って2人でジャンプする創価大・永井(左)と嶋津(カメラ・竜田 卓)
箱根駅伝での健闘を誓い、タスキを握って2人でジャンプする創価大・永井(左)と嶋津(カメラ・竜田 卓)
創価大
創価大

◆創価大 前回不出場(3年ぶり3回目)予選会5位 出雲、全日本不出場

 創価大は3大会ぶりに箱根路に戻ってきた。榎木和貴監督(45)が「今年一番成長した」と太鼓判を押す嶋津雄大(2年)は、高校時代に15以上の大学からオファーを受けた実力者。生まれつき「網膜色素変性症」という病気で視力が弱いハンデを持つが、同じ境遇の永井大育(だいすけ・2年)と切磋琢磨(せっさたくま)する。初の大舞台で、チーム初のシード獲得を目指す。

 嶋津の目は、周囲が暗くなると「上映中の映画館」のように見えにくくなる。生まれつきの「網膜色素変性症」は進行性。この先、さらに見えにくくなる可能性もあるが「運命」と受け入れて前を向いて走る。

 陸上を始めたきっかけは、小学4~6年生で争う地域のマラソン大会だった。ゴール後に両親から褒められ「陸上って楽しい」と感じ、中1から本格的に始めた。小さいものが見えづらく、球技はほとんどできなかったが、走ることは大好きになった。「病気のことなど、知らないところで気を使わせて苦労させている」。ここまで支えてくれた両親への感謝を口にする。

 榎木監督も成長を認め、期待は大きい。5000メートル、1万メートルの自己ベストを昨年からともに約25秒縮めた。成長の要因は「一番は(練習で走った)距離」。今年2月に就任した指揮官が月間走行距離を750キロに設定。昨年より200キロ近く上回る距離に、すぐに対応はできなかったが「徐々に延ばした」と地道な走り込みで7月に達成した。

 心の支えがいる。「いいライバルであり、いい仲間」と語る同学年でチームメート、そして同じ病気を抱える永井だ。創価大への進学を決めたのはLED照明など設備の良さと、入学前に同じ境遇を持つ永井の存在を聞いたからだった。永井も「同じ競技で同じ目の病気。やっと共感できる人がいると思った」と絆は強い。冬場は日が短く暗いため、朝は照明がある別トラック、夜は体育館内を2人だけで走り込み、月750キロのほとんどは永井とともに汗を流す。

 親友との“二人三脚”で、困難に屈することなく努力の末につかんだ大舞台。「令和最初だし、成人を迎える節目の年。こんな自分でも走れるところを見てもらい、見た人に一歩を踏み出してもらいたい」。初めての箱根路で輝きを放つ。(竹内 夏紀)

 ◆創価大 1972年創部。89年から長距離部門の強化に着手し2015年、箱根駅伝に初出場。出雲駅伝、全日本大学駅伝は出場なし。長距離部門は選手42人、学生スタッフ10人。タスキの色は赤と青のストライプ。赤は情熱、青は冷静を意味する。主なOBはプロ野球ヤクルトの小川泰弘投手、漫才コンビ・ナイツの塙宣之、土屋伸之ら。

 ◆嶋津 雄大(しまづ・ゆうだい)2000年3月28日、東京・町田市生まれ。19歳。中学1年から陸上を始める。若葉総合高では2、3年時に東京都高校駅伝1区区間賞。3年時には5000メートルで全国大会に出場した。18年に創価大文学部人間学科入学。家族は父、母、姉、兄。ペットはカニンヘンダックスフントの夢来くん。170センチ、56キロ。

 ◆網膜色素変性症 目の中で光を感じる組織である網膜に異常をきたす遺伝性、進行性の病気。暗いところで見えにくい(夜盲)、視野が狭くなる(視野狭さく)などの症状が表れ、病気の進行とともに視力が低下する。根本的な治療法は見つかっていない。

 ◆戦力分析 予選会を5位で突破し、「総合8位」を目指す今年度は「獅子奮迅~やるじゃん創価~」がスローガンだ。主力は3年前の箱根路を経験した米満とムイル(ともに4年)。この2人で流れを作り、山上りを得意とする主将が締めて往路は6位以内。復路は12位以内を目標にシード権獲得を狙う。

 今年2月就任の榎木は中大時代に箱根路を4年連続区間賞で駆け抜け、96年には総合Vも経験したエリート。大舞台で旋風を巻き起こす。

箱根駅伝での健闘を誓い、タスキを握って2人でジャンプする創価大・永井(左)と嶋津(カメラ・竜田 卓)
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