不滅の27発!世界の代打王・高井保弘さん死す…74歳、腎不全

通算代打本塁打の世界記録を残して「世界の代打男」と呼ばれた高井保弘氏
通算代打本塁打の世界記録を残して「世界の代打男」と呼ばれた高井保弘氏
74年7月、オールスター第1戦でMVPとなった高井保弘さん
74年7月、オールスター第1戦でMVPとなった高井保弘さん

 通算代打本塁打27本の世界記録を持つ元阪急(現オリックス)の高井保弘(たかい・やすひろ)氏が13日午前9時44分、腎不全のため兵庫・西宮市内の病院で亡くなった。74歳だった。通夜は14日午後6時から、葬儀・告別式は15日午後0時30分から、西宮市高畑町2の25「エテルノ西宮」で執り行われる。喪主は妻の安枝(やすえ)さん。「代打男」として一時代を築いた打撃職人が、静かに人生の幕を下ろした。

 阪急ブレーブスの黄金時代を支えた「代打男」が力尽きた。昨年12月の球団譲渡30年イベントでは元気な姿を見せ「阪急がなくなり寂しい思いをしていた」と思い出話に花を咲かせていたが、今月7日の兵庫・芦屋市内での阪急・オリックスOB会に出席せず、かつてのチームメートらに案じられていた。その6日後に帰らぬ人となった。

 愛媛・今治西高、名古屋日産モーターを経て1964年に入団。ウエスタン・リーグで首位打者、本塁打王などを獲得するが、西本幸雄監督から「変化球が打てん」と評価されず、一塁守備にも難があり、1軍に定着できなかった。グリップが極端に細いハンマーのようなバットを振り回し、手首に軟骨ができる、腰痛に悩むなど、無理なスイングの後遺症に苦しんだ。

 しかし、71年に兼任コーチとしてチームに復帰したダリル・スペンサーから観察眼を磨くよう助言され、相手投手のクセや球種をメモに書き始めた。これが野球人生を変えた。74年のオールスターに最初で最後の出場。第1戦の9回1死一塁で起用されると、松岡弘(ヤクルト)から史上唯一の代打逆転サヨナラ2ランを放ってMVPに輝いた。「日本シリーズで当たるかもしれない」とセ・リーグの投手も調べ上げ「2球目はシュートと読んでいた」という。後に「ベンツは金を出せば買えるけど、オレのノートは買えん」と話すほど濃密な情報が詰まったノートが出来上がった。

 同年に当時のプロ野球記録(現在もパ・リーグ記録)のシーズン代打6本塁打(76年に中日・大島康徳が7本塁打で更新)と活躍したことが、パ・リーグの翌年からの指名打者制導入につながったと言われている。その後も代打の切り札としてアーチを重ね、マット・ステアーズ(93年は中日に在籍)の米大リーグ記録(23本)を上回る“世界記録”の27本塁打をマーク。75~78年のリーグ4連覇はDHとして打線をけん引したが「DH制での先発出場がなければ代打30本は打っていたな」と語った。

 173センチ、90キロの愛らしい体形。実働16年で打率2割6分9厘、130本塁打、446打点。阪急一筋の現役生活は82年限りで幕を閉じた。引退後は野球解説の傍ら居酒屋も経営した。代打稼業の名物男が静かに眠りについた。

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