力道山が愛した「ちゃんこ」とは…56回目の命日に弟子の北沢幹之さんが再現 

ちゃんこを振る舞う北沢幹之さん
ちゃんこを振る舞う北沢幹之さん

 1963年12月15日に日本プロレス界の父、力道山が39歳の若さで亡くなってから15日に56回目の命日を迎えた。

 命日を前にこのほど、力道山の弟子で新日本プロレスなどで活躍した北沢幹之さん(77)が生前、力道山が愛したちゃんこ鍋を振る舞うイベントが都内で開かれた。

 企画したのは、昨年、発足した「日本プロレス史検証会」を主宰するプロレス・格闘技ライターの安田拡了氏(65)。会は、およそ2か月に1度、現役のレスラー、元レスラー、レフェリーなどを招き、プロレス史の事実を参加者がゲストへ質問し、史実をひとつひとつ丁寧に掘り下げていく内容となっている。入会金5000円で会員資格が得られ、特典はイベントの割引と毎月安田氏が過去にインタビューしたレスラー、関係者の証言が配信されることなどとなっている。会の趣旨を安田氏は「検証会は、昨今、流行っているトークショー、プロレス本でプロレスの誤った歴史が正しいかのように語られ、発表されている状況の中で正しいプロレス史を残したいという目的で発足しました」と明かす。その上で今回のちゃんこ会は「検証会の目的としてもうひとつは、新たな歴史の発掘があります。そういう意味で今回、力道山が愛したちゃんこを実際に作っていた北沢さんに再現していただいて埋もれていたプロレス史を発掘したいという狙いがありました」と明かした。

 北沢さんは、力道山が亡くなる2年前の61年に日本プロレスへ入門し翌62年1月にデビューした。72年1月にはアントニオ猪木が設立した新日本プロレスに参加。旗揚げメンバーとして活躍し81年4月に引退し、その後はUWF、リングスなどでレフェリーとして活躍した。一方で日本プロレス、さらには新日本プロレス在籍当時からレスラーの間で「北沢さんのちゃんこは絶品」と業界随一の味は評判で今回、初めてファンにその味を披露することになった。

 大相撲からプロレスへ転向した力道山は、弟子の育成に大相撲の部屋制度をそのまま生かした。住まいと稽古場が一体となっている角界のように合宿所と練習場を隣接させ選手を育てた。そして、食事も朝稽古の後に食べる相撲と同じように練習後に弟子へ食べさせ、メニューも相撲界の定番である「ちゃんこ鍋」を中心にした内容を食べさせていた。今もプロレス界の主要団体は、練習後のちゃんこ鍋を選手が食べる習慣が続いており、力道山が相撲界から持ち込んだ伝統が令和の今も引き継がれている。「ちゃんこ」は言わば、力道山が「日本プロレス界の父」であった象徴でもある。

 今回、振る舞ったのは北沢さんが鶏ガラで出汁をとった「ソップ炊き」と呼ばれるちゃんこと没後に北沢さんが覚えた「キムチちゃんこ」の2種類。「ソップ炊き」は、力道山の大相撲時代から「桂浜」のしこ名で付け人を務めていた田中米太郎から教えられた味で、作り方は、鶏ガラで丁寧にスープを作り、しょうゆで味を調えていく。ポイントは、ザラメを入れることで「あの当時は、甘いものが貴重でしたから、この甘さは力道山先生はもちろん、若い選手は好んで食べていました」と北沢さんは明かす。

 ちゃんこの具は、鶏肉に白菜、ねぎ、大根、油揚げ、厚揚げ、しらたきで実際に試食すると、スープは、とてもやわらかく優しい味でザラメで調えた甘さは、しつこくなく自然で「力道山先生が一番好きだったのは、このソップ炊きでした」と北沢さんは明かす。この味を力道山がこよなく愛していたのかと想像すると深みとコクが一段と増してきた。参加者には大好評で中には北沢さんへ「今度インタビューさせてください」と直談判するファンも出現するなど「力道山が愛した味」に大興奮だった。

 会では、ちゃんこを食べながら、北沢さんへ日本プロレス、新日本プロレス、さらにはUWF、リングスなどの史実に関しての質疑応答を実施し、力道山はもちろん、猪木にまつわる秘話が披露された。終了後、北沢さんは「こういう形で少しでも日本プロレス時代の歴史がみなさんに伝えられて、これほどの喜びはありません」と感激していた。

 検証会では、来年1月26日にも都内で北沢さんによる「ちゃんこ会」の開催を決定。次回は、プロレスの神様とうたわれたカール・ゴッチが愛した「いわしのつみれちゃんこ」を振る舞う予定という。参加希望と検証会への入会などの問い合わせは、「yasukaku60@gmail.com」まで。

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