【世紀をつなぐ提言】64年大会体操男子団体、つり輪金メダル・早田卓次<下>トイレには逆立ちで

国立競技場を背に取材に応じる早田
国立競技場を背に取材に応じる早田

 日大2年に在籍していた1959年の春、右アキレス腱(けん)断裂の大けがを負った早田は入院した。足の付け根から指を除く足先までギプスを装着し、石こうで固定されていた。トイレに行く際は小学校時代から得意だった逆立ちで移動した。「歩いては行けないので、夜にこっそり逆立ちで行きました。そっちの方が速いんですよ。和式便所で足をつけなかったので、両手で支えて用を足しました」

 半年後にトレーニングを開始するが、走れないため、つり輪とあん馬に専念。腕立て伏せ、懸垂、逆立ちでの腕立て伏せなど、上半身を鍛えた。「当時はアキレス腱を切ると、復帰できるかどうか分からなかった。でも体操しか頭になかった。入院して、やりたくても体操ができない。精神的にハングリーにもなった。だから、やれる時は人一倍、練習しました」。この時、つり輪が飛躍的に上達。世界一につながる土台となった。

 残念だったのは、五輪の晴れ舞台を見せたかった父・長之助さんが本番直前の64年7月29日に死去したことだ。胆石を患って痛みがひどく、五輪観戦に備え手術を受けたが、うまくいかなかった。「病院に向かう途中で、私に手紙を出していました。(和歌山県)知事ら多くの方から五輪出場の祝電を頂いており、お礼をしなきゃいけないよ、という内容でした。めったなことでは手紙なんて書かないのに…。亡くなってから私の元に届きました。今でも大事に取ってます」

 来年の東京五輪で体操男子団体は2連覇が懸かる。今年の世界選手権ではロシア、中国に次ぐ3位。「中国が右肩上がりで大変だと思う。頭を使ったトレーニングで、安定した力をいつでも出せるようにしてほしい。内村(航平)君がけがを治して戻ってくれば、ライバルチームは警戒する。ベテランの力は必要だと思う」と期待を込めた。(編集委員・久浦 真一)

=敬称略、おわり=

 ◆早田 卓次(はやた・たくじ)1940年10月10日、和歌山・田辺市生まれ。79歳。田辺高―日大。64年東京、68年メキシコ市の両五輪代表。70年世界選手権で団体金、鉄棒銅メダル。76年モントリオール五輪日本代表チームリーダー。2004年国際体操殿堂入り。現在は日本オリンピアンズ協会理事長。

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