20年前なら大みそかドリームマッチだった藤田和之VS船木誠勝…金曜8時のプロレスコラム

藤田和之(左)と船木誠勝(
藤田和之(左)と船木誠勝(

 5日に東京・後楽園ホールで開催された初代タイガーマスク(佐山サトル)が主宰するリアルジャパンプロレスの「ストロングスタイルプロレスVol.4」をのぞいてきた。メインイベントで野獣“藤田和之(49)=はぐれIGFインターナショナル=と”甦ったサムライ“船木誠勝(50)=フリー=がレジェンド選手権をかけて初対決。同世代としてどうしても見届けたかった。

 ともにアントニオ猪木の新日本プロレスでデビューし、総合格闘技でプロレスラーの強さを追求してきた。そんな2人が50歳にしてたどりついたのが、初代タイガーマスクのストロングスタイルプロレス。「憧れの初代タイガーマスクが作ったリングで日本プロレス界最強の男とタイトルマッチ。これ以上の舞台はありません」と船木がコメントしたように、おっさんになってもタイガーマスクへのリスペクトは変わらないのだ。

 初代タイガーがまた見られるということで2005年に旗揚げされたリアルジャパンプロレス。2代目タイガーマスクだった三沢光晴さん、天龍源一郎、鈴木みのる、高山善廣、大仁田厚、元横綱・曙らと夢の対決を次々と実現させてきたが、62歳になった佐山サトルは心臓の手術などで体調が悪化し、2016年6月の大会でエキシビションを披露して以来、試合ができていない。

 弟子の2代目スーパー・タイガーをエースに興行を続けてきたが、「ストロングスタイルの観点から文句のない日本を代表する一線級の2人」(佐山)という船木と藤田にリングを託した。総合格闘技で地上波ゴールデンタイムの主役だった両雄。20年前なら、それこそ大みそかのドリームマッチとして企画されてもおかしくないカードだ。

 手四つで探り合い、藤田が高速タックルで船木をテイクダウンさせ、マウントポジションに。この時点で船木が右まぶたをカットし、流血するという緊迫感のある展開となった。船木は自身の体をねじって、反攻すると藤田の左足を取って膝十字固め。藤田の張り手に船木のキック。チキンウィングフェースロック。このUWF(格闘プロレス)のような攻防は、後楽園ホールのバルコニーから見下ろすのがいいのだ。

 藤田が荒削りのえげつないバックドロップで流れを変えると、パワーボム、顔面キック、そして9分26秒、チョークスリーパーで船木を絞め落とした。一礼してリングを去った船木に、再びベルトを手にした藤田は「船木選手、いや…船木さん、今日はありがとうございました」とマイクで感謝を示した。ぶっきらぼうで、マイクアピールが決してうまいとは言えない藤田の殊勝な言葉が胸に響いた。

 早生まれの船木とは2学年違うが、それ以上のキャリアの違いがある。中学を卒業して1985年に15歳でデビューした船木とに対して、藤田は日大レスリング部から1996年にデビュー。11年先輩ということになる。2007年大みそかの「K‐1 PREMIUM Dynamite!!」(京セラドーム大阪)で船木が1歳下の桜庭和志(中大レスリング部からUWFインターナショナル)と対戦した時も、そんなことを書いたが、12年後にも同じような気分にさせてくれる船木の若さに感謝したい。

 思えば船木が地上波ゴールデンタイムに登場したのは、「イヤーエンド・イン国技館」(1987年12月27日・両国国技館)だった。放送は翌28日のテレビ朝日系「ワールドプロレスリングスペシャル」。当時18歳の船木優治は、先輩の山田恵一(あの選手)とUWFばりのシューティングシューズ&レガースで格闘プロレスを展開した。喧嘩芸骨法の掌打や浴びせ蹴りを華麗に見せた。

 初代タイガーマスクと同じく、昭和の地上波ゴールデンタイム放送の影響力は令和になっても不滅だ。20年前どころか、32年前の記憶をも呼び覚ましてくれる、地上波では決して放送されない12月決戦だった。(酒井 隆之)

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