“交差点の男”から“マラソンランナー”へ 国学院大OB寺田夏生の挑戦

寺田夏生
寺田夏生

 栄光と挫折。栄光があっても挫折するのか、栄光があったから挫折するのか。その因果関係は様々ある。いずれにしろ、どん底から這い上がるために必要な膨大な“エネルギー源”としては、どちらも糧にしなくてはならないのかもしれない。

 国学院大OBの寺田夏生(28)=JR東日本=もそんな数奇な運命をたどった1人だ。「生き残るために、走らないといけない」。たどり着いたのは、シンプルな答えだった。

 正月の風物詩、第96回箱根駅伝まで約1か月となった12月1日。寺田は4度目のフルとなる福岡国際マラソンに挑んでいた。日本新ペースを刻む先頭集団にはつかず、第2グループで粘りの走り。1人、また1人と後半は順位を上げながら自己記録を4分以上短縮する2時間10分55秒の5位でフィニッシュ。40キロ地点からゴールまでの2・195キロは、優勝した東京五輪モロッコ代表のE・ダザや日本人トップの2位に入った藤本拓(30)=トヨタ自動車=らを抑えて出場選手中トップの6分44秒。「辞めたいと思ったこともあったけど、箱根駅伝があったから」。実業団6年目の男は静かに語った。

 駅伝ファンにはおなじみだろう。2011年の箱根路、10区はゴール直前まで4校がシード権3枠を争う大激戦だった。だが、国学院大は寺田(当時1年)がゴール手前約120メートル、交差点で右折した中継車につられて曲がるアクシデント。そこから猛烈な追い上げで城西大をかわし、出場5回目で初のシード権を獲得した。ゴール後の本人の「あぶねー!」のコメントとともに、「寺田交差点」として今も語り継がれている。

 箱根駅伝を経て、実業団へは多くのランナーが夢を携えて進む。しかし、ニューイヤー駅伝(全日本実業団対抗駅伝)が学生3大駅伝以上の盛り上がりを見せているかというと、そうとは言い切れないのが現実だ。箱根以上、という舞台は9月に行われた東京五輪代表選考会MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)や世界陸上、五輪などに限られつつある。寺田は「箱根はチームメート全員で目指すことが、すごく楽しかった。実業団はそことのギャップもあったけど、個人としての勝負の世界だと肌で感じている」。

 母校・国学院大でコーチを務める山口祥太氏(33)やMGCに出場した荻野皓平(29)=富士通=ら、国学院大のエースの系譜にも名を刻んだ寺田。そして思わぬ形で注目も浴びた。これだけの経験に引きずられることはなかったのか―。聞いてみると、答えはすぐに返ってきた。「苦に思ったことはありません」。そして続けた。「箱根駅伝があったから、今も応援してくれる人がいる。だから、走り続けられるんです」。

 実業団入り後は、思うような結果が出なかった。特に15年の冬頃からは初めて貧血に陥った。2年近く、走れない時期が続いた。「『辞めよう』という思いと、心のどこかで『まだやれる』というのもあって。その葛藤はすごくあった」と、もがき続けた。あきらめなんて、つくはずがなかった。「周りの応援が多くて…」。自分だけなら投げ出したかもしれない。でも、ここで道を違える男ではなかった。

 マラソンを意識したコツコツとした走り込みと永井順明コーチらのアドバイスで、寺田は再び光を浴び始めた。「結果が少しずつ出たことで、もっと上のステージに行ってみたいと思えるようになった。今度は、走りで注目されたい」と照れくさく笑う。来年3月のびわ湖でサブ10を目指す28歳。また迷っても大丈夫。箱根を目指して駆けた日々が、きっと道しるべになる。(太田 涼)

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