「人間、何を残すか?」ユニホームを脱いでから10年…令和元年の野村克也

7月11日、神宮でのスワローズドリームゲームで4回無死、門下生に囲まれる中、代打で打席に立った野村氏(カメラ・清水 武)
7月11日、神宮でのスワローズドリームゲームで4回無死、門下生に囲まれる中、代打で打席に立った野村氏(カメラ・清水 武)

 「十年一昔」と言われる。野村克也がユニホームを脱いでから、10年目の秋である。

 2009年、仙台の地で創設5年目の楽天イーグルスを2位に躍進させ、初のクライマックスシリーズに導いた74歳の知将は今年、84歳になった。

 「今でも毎日、なんか仕事があるよ。まあ、何もないよりはいいよな」

 野村を取り巻く環境はこの10年で大きく変わった。17年の師走には最愛の妻・沙知代さんに先立たれた。「野村克也引く野球はゼロだが、野村克也引く野村沙知代もまた、ゼロである」。そう公言していたほどの存在。生涯の伴侶を失った悲しみは、察するに余りある。

 年齢を考えれば自然なことでもあるが、足腰は弱り、車いすで移動することも多くなった。

 しかし、野村は元気だ。

 「寝るのは今でも(午前)2時か3時だ。起きるのはお昼ごろ。監督をやっていたころと、変わらないよな。寝ている間は、一度も起きないんだよ。食欲と睡眠欲は、全く衰えないんだ」

 アイスカフェオレをストローでグッとすする。左腕にはダイヤモンドがちりばめられたフランク・ミュラーの高級腕時計が光る。

 今秋には新著「野球と人生 最後に笑う『努力』の極意」(青春出版社)を上梓した。11月21日には東京・中央区の八重洲ブックセンターで刊行記念トークショーを行うと、100名のキャパシティはすぐに定員になった。キャンセル待ちの予約をした人が、100人ほどいたという。

 1時間のトークでは代名詞の「ボヤキ」を織り交ぜながら、オーディエンスを沸かせる。根っからのエンターテイナー。集まったファンの期待に応えたい、サービス精神は相変わらずだ。

 そんな中でも「素」が見える瞬間がある。好敵手の「王・長嶋」に話題が及ぶと、語気が強まる。負けん気に火がついたのが分かる。

 10年前、札幌ドームでの日本ハムとのパ・リーグCS最終ステージ第4戦。監督として最後の指揮を終え、野村は言った。

 「人間、何を残すか? 人を残すのが一番だよ」

 来季の12球団の指揮官には、選手時代にその考えを注入された男が5名もいる。コーチにまで広げると、「野村門下生」は各球団の中枢を担う。現在の球界においても、影響力の大きさを痛感せずにはいられない。

 トークショー後の控え室。色紙にサインを求められ「令和元年」と筆ペンで記しながら、言った。

 「人間が絶対に勝てないものは、時代と年齢だ。それを今オレは、痛感しているんだよ」

 言葉とは裏腹に、令和元年にも野村克也は、野村克也であることを求められている。

 時代は移りゆく。それでも月見草はまだまだ、枯れていない。(野球デスク・加藤 弘士)=敬称略=

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