明徳義塾、敬遠なしで星稜返り討ち 馬淵監督「逃げるな」

27年ぶりの試合を終え、握手を交わして健闘をたたえ合った明徳義塾ナイン(左)と星稜ナイン(カメラ・橋口 真)
27年ぶりの試合を終え、握手を交わして健闘をたたえ合った明徳義塾ナイン(左)と星稜ナイン(カメラ・橋口 真)

◆明治神宮野球大会第1日 ▽1回戦 明徳義塾8―5星稜(15日、神宮)

 秋の高校、大学日本一を決める大会が開幕した。高校の部では、明徳義塾(四国・高知)が、27年ぶりに公式戦で対戦した星稜(北信越・石川)との因縁の対決を制した。1992年夏の甲子園2回戦で松井秀喜氏を5打席連続敬遠して勝った時とは対照的に、敬遠なし、小細工なしの「ニュー明徳野球」で返り討ちにした。初出場の高崎健康福祉大高崎(関東・群馬)も2回戦に進出した。大学の部では、東海大札幌(北海道2連盟・札幌学生)が初戦を突破した。

 因縁の相手を返り討ちにし、ベンチの馬淵史郎監督(63)は両手をたたいた。27年前とは対照的に、文句のつけようがない快勝に「楽しかった。忘れていたものを思い出した」と、感慨深げに勝利の味をかみしめた。

 14日の練習後、名将は「お前らには関係ないから」と、当時は生まれていない選手に星稜を意識させないようにした。馬淵監督も「絶対に勝つぞ、と思っていなかった。どのように采配を振るうか、どうやって(選手を)鼓舞するかに集中していた」と、特別な感情は封印した。

 92年夏の甲子園2回戦では、松井氏を5打席連続敬遠して3―2で破った。エース左腕の新地智也は、初回2死二塁でプロ注目の内山壮真捕手(ともに2年)を歩かせるなど4四球を与えたが、敬遠はなし。馬淵監督から「逃げるな、攻めろ!」と声が飛んだ。父の由知さんは当時、明徳義塾でメンバー外の1年生。「敬遠は『相手を敬う』と書く。あれも1つの作戦。逃げたわけじゃない」と、教えられてきた。

 明徳義塾はバントを多用するが、この試合は1犠打だけ。星稜の荻原吟哉(2年)を変化球投手と見抜き「ツーシームとスライダーの低めを見逃せば対応できる」と、2巡目に攻略。鈴木大照捕手(2年)の左越え3ランを含む11安打で8点を奪った。馬淵監督は「この大会は小細工はあまり使わない。年を取ったせいか、限界を感じてきている。チャンスでたたみかけられるような攻撃ができないと、全国大会で勝てない」と説明。ニュー明徳野球で、高知3位から2年ぶりの明治神宮大会制覇を狙う。(伊井 亮一)

 ◆星稜・松井の5打席連続敬遠VTR 92年夏の甲子園2回戦、星稜・明徳義塾戦。星稜の4番・松井に対し、明徳義塾は徹底して勝負を避け、5打席連続敬遠。星稜が2―3で敗れ、社会問題化した。1回2死三塁、3回1死二、三塁、5回1死一塁、7回2死無走者、9回2死三塁の5打席で、全て外角に外れる直球で5四球。スタンドから罵声が飛び、メガホンが投げ入れられた。

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