和田アキ子、デストロイヤーさん追悼セレモニーで秘話を披露…11年前のアポロシアター公演に「デスが来てくれたんです、それを思い出して…泣けますね」

ザ・デストロイヤーさんの追悼試合に集まった関係者。(左から)ザ・グレート・カブキ、小橋建太、せんだみつお、ドリー・ファンクジュニアPWF会長、和田アキ子、ザ・デストロイヤー氏の息子のカート・ベイヤー氏、ウィルマ夫人、スタン・ハンセン、徳光和夫アナ(カメラ・関口 俊明)
ザ・デストロイヤーさんの追悼試合に集まった関係者。(左から)ザ・グレート・カブキ、小橋建太、せんだみつお、ドリー・ファンクジュニアPWF会長、和田アキ子、ザ・デストロイヤー氏の息子のカート・ベイヤー氏、ウィルマ夫人、スタン・ハンセン、徳光和夫アナ(カメラ・関口 俊明)

◆「ザ・デストロイヤー メモリアル・ナイト~白覆面の魔王よ永遠に」(15日、大田区総合体育館)

 今年3月7日に88歳で亡くなった日米で覆面レスラーとして活躍した“白覆面の魔王”ザ・デストロイヤーさん(本名・リチャード・ベイヤー)の追悼興行「ザ・デストロイヤー メモリアル・ナイト~白覆面の魔王よ永遠に」が15日、東京・大田区総合体育館で行われた。

 第3試合終了後に「ザ・デストロイヤー追悼セレモニー~白覆面の魔王よ永遠に~」がリング上で行われた。セレモニーでは、1993年7月29日に日本武道館で行われた引退試合などの思い出の名場面がスクリーンで上映され、遺族の妻のウィルマ・ベイヤーさん、遺影を抱いた息子のカード・ベイヤー氏、娘のモナ・クリスさんがリングに上がり、コスチューム姿で登場したザ・グレート・カブキ氏(71)がヌンチャクで「追悼の舞」を披露。その後、特別ゲストのスタン・ハンセン氏(70)、ドリー・ファンク・ジュニアPWF会長(78)がリングインした。

 さらにデストロイヤーさんが生前好きだった歌手の和田アキ子(69)の「あの鐘を鳴らすのはあなた」が館内に流れると、藤波辰爾(65)、リアルジャパンプロレスの新間寿会長(84)と初代タイガーマスク(61)、グレート小鹿(77)、百田光雄(71)、渕正信(65)、小橋建太氏(52)らレスラー、プロレス関係者が登場した。

 そして、芸能界からフリーアナウンサーの徳光和夫氏(78)、日本テレビ系「金曜10時!うわさのチャンネル」でデストロイヤーさんと共演して以来、親交を深めてきた和田アキ子とタレントのせんだみつお(72)、さらにはデストロイヤーさんが現役当時、中継した日本テレビのプロレス中継スタッフが姿を見せた。

 代表して徳光さんが弔辞を読んだ。その中で「デストロイヤーさん、あなたは大変、魅力的な人でした。白覆面の魔王の4の字固めは強烈なインパクトを日本列島に残しました。リングアナウンサーがコールすると外国人初の客席から拍手が起きる人気レスラーになりました」と讃え、「うわさのチャンネル」について「夜10時に毎週40パーセントの視聴率を獲得。あなたの4の字固めの洗礼を受け、アナウンサーらしからぬ発言をしたことでニュースを読むことがなくなりました。でも、そのことが今につながっており、78歳の今もアナウンサーとしていられることを思うと、あなたにかけてもらった4の字固めのおかげだと思っております」と感謝を捧げ最後に「ザ・デストロイヤー。サンキュー、フォーエバー」と天国にコールを送った。

 遺族を代表してベイヤー氏が日本語で「本当にリングに上がってくれてありがとうございます。家族からみんなにありがとうございます」と感謝を述べ、追悼の10カウントゴングを鳴らし、米国国歌が流れるなか、セレモニーは終了した。

 セレモニー終了後に和田、徳光さん、せんだが取材に応じた。和田は、「うわさのチャンネル」で共演当時にデストロイヤーさんが住んでいた麻布の家に招待されたことを振り返り、家に着いた時に「ハイって出迎えてくれて、すごく明るいおじちゃんでみんなでデスのお父さんだって話して、デスはどこにいるんですか?って聞いたらイッツ・ミーって(笑)。それだけ覆面を取ると分からなくて」との秘話を披露した。

 その上で力道山、ジャイアント馬場のライバルとして日本のプロレス界でスターとなり、さらにバラエティー番組でも人気を獲得したことに「日本でこれだけ努力されて、それで、えらいの変に日本語を覚えようとしませんでした」と讃えた。さらに和田は、2008年9月29日にニューヨークのアポロシアターでアジア人として初めてコンサートを行った時に「デスが来てくれたんです。それを思い出して…。それと、今日の徳光さんの弔辞泣けますね」と涙をにじませ「なんかうれしいですよね。これだけ大勢のファンの方がいらっしゃってくれて、愛されている。本当にすばらしい」と偲んでいた。

 徳光さんは、「うわさのチャンネル」で4の字をかけられた時を振り返り「せんださんにかけた時は(力加減は)五分ぐらいだったと思う。僕は当時、プロレスの中継をしているから本当の痛さを知ってもらうということで八分ぐらいでたまらなかった」と笑わせると、和田は「あの当時、リハーサルして本当にたまらない時は2回、叩くことになっていたんです。徳さんがイテテてイテテて“デスやめろ、この野郎”って2回叩いたらノーって言って、めっちゃ面白かったんです。あの時アドリブばかりでしたから」と当時の秘話を披露した。

 和田は「こうやって笑って話せるのはうれしいし、お客様が温かくて最後の10カウントは本当にきますね。悪役だったけど日本で頑張ってくれた。それでプロレスでヒーローになった。日本の気持ちが分かったアメリカ人だったと思います」と繰り返し讃えると、せんだは「デストロイヤーさん、天国でよく3人元気でやっているなと言っていると思う」と話していた。

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