箱根駅伝構想は鴻巣駅から“発車” 100年前に金栗氏が訪れる

100年前に改札があった場所で出席者は記念撮影
100年前に改札があった場所で出席者は記念撮影

 箱根駅伝構想100周年を記念したセレモニーが15日、埼玉・鴻巣駅で行われた。「『韋駄天』は鴻巣へ来ていた」と銘打たれたセレモニーには第1回箱根駅伝6区区間賞を獲得した山口六郎次氏(明大)の孫にあたる大内一郎氏(61)らが出席。大内氏は「このすばらしい駅伝を後世にも伝えていかなくてはならない」と熱を込めた。

 1912年ストックホルム五輪男子マラソンに出場した日本人初のオリンピアンである金栗四三氏が箱根駅伝を考案し、「箱根から世界へ」という礎を築いたことは有名な話だが、原点は鴻巣駅にあった。鴻巣市の小学校出身である山口氏が、交流のあった金栗氏に大会審判を依頼。金栗氏の残した日記によると、1919年11月15日に鴻巣駅から東京方面へと帰る列車の車中で関係者と箱根駅伝構想が話し合われた。「明春 箱根あたりに迄 対校 長距離リレーを催して長距離の発達を計る事に議した(日記本文まま)」。そして、翌年の2月14、15日に第1回大会を開催。早大や明大、慶大を抑えて、東京高等師範学校が優勝を果たした。

 鴻巣駅から箱根駅伝構想が“発車”してから100年。東京高等師範学校の流れをくむ筑波大が予選会を突破し、26年ぶりに箱根路を駆けるのも、運命かもしれない。大内氏は「大河ドラマにもなり、100周年の年に再び筑波大が出場する。タスキがつながれるように、伝統は続いていくのですね」としみじみと話した。

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