桑田真澄さん独占手記…51歳肩ギシギシも「今のベスト尽くす」PL野球部復活へ原点を再確認

4回から登板したPL学園OB・桑田氏は、高校時代と変わらない投球フォームで無失点に抑えた
4回から登板したPL学園OB・桑田氏は、高校時代と変わらない投球フォームで無失点に抑えた
優勝旗を手に行進する桑田氏(左端)
優勝旗を手に行進する桑田氏(左端)

 元高校球児による「マスターズ甲子園2019」が9日、16チームが参加して開幕した。春夏通算7度の甲子園優勝を誇り、2016年夏を最後に休部中のPL学園OB(大阪)が利根商OB(群馬)を破り、10年ぶりに聖地で“白星”を挙げた。巨人などで活躍したPL学園の桑田真澄OB会会長(51)=スポーツ報知評論家=は、1回を2安打無失点に抑え、1安打を放った。背番号1のユニホームを着て34年ぶりに甲子園で登板した桑田氏が、スポーツ報知に独占手記を寄せた。

 PL学園のユニホームで出場する“6度目”の甲子園は、やはり格別だった。昨晩はワクワクしてなかなか寝つけなかった。こんな気持ちになったのは久しぶり。投げて、打って、守って、走って、さらに選手宣誓も。本当に楽しい一日だった。

 実は今年1月にOB会長に就任するまで、この大会のことは知らなかった。出場を打診された時、まず心に浮かんだのが、休部となっている母校の硬式野球部のことだ。我々の願いはもちろん野球部の復活。その機運を高めていくためにも、OBが一致団結して大会に挑戦することに大きな意味があると思った。

 この大会には年代別に出場イニングが区切られるルールがあるため、幅広い世代のOBが集まることができた。練習や予選の試合を重ねる中で、「今のベストを尽くす」「感謝の心を持つ」PL野球の原点を再確認した。

 周囲からは「まだまだ投げられるね」と言われるが、僕も51歳。試合で投げる度に、肩や肘、腰などに疲労がたまった。今日も投げる前から肩がギシギシ…。それでもPLのユニホームを着てプレーすることに、大きなやりがいを感じた。プレーする仲間たちの姿や懐かしいスタンドの人文字を見ながら、改めて僕はPL学園野球部と甲子園球場に育てていただいたという感謝の思いがこみ上げた。あの3年間があったからこそ、今の自分がある。

 近年、野球を始める子供を増やそうと球界全体が取り組みを進めている。一方で、こうした大会で大人たちが生き生きとプレーする姿を見て、子供たちが何かを感じてくれたらうれしい。

 僕を含め、今回参加したメンバーは、参加できなかったOBたちの思いも背負って戦ったつもりだ。もちろん清原もその一人。今はまだ難しいが、いずれ参加できる時が来るだろう。あの頃、ピンチになるといつも左斜め後ろから励ましてくれた彼と、また一緒にグラウンドに立てたら、野球人としてこれ以上の幸せはない。

 OB会長として、これからも野球部復活への働きかけを進めていきたいと思う。野球と学業を両立し、学園と教団の発展に貢献できる新しい野球部が生まれることを期待している。

 PL学園高校硬式野球部OB会長 桑田真澄

 ◆桑田さんと甲子園 PL学園1年生だった1983年夏の選手権に背番号「11」で出場。準決勝で甲子園3連覇を目指す池田(徳島)の「やまびこ打線」を完封するなど、投打にわたる活躍で優勝に大きく貢献。同級生の主砲・清原和博との「KKコンビ」を軸とした同校は、翌84年は春夏連続で準優勝、85年春は準決勝で敗退したが、夏は2年ぶりの日本一に。出場可能な5大会全てに出場した桑田さんは、学制改革後では最多の甲子園通算20勝(3敗)を挙げた。また、甲子園通算6本塁打も清原(13本)に次ぐ史上2位タイ。

4回から登板したPL学園OB・桑田氏は、高校時代と変わらない投球フォームで無失点に抑えた
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