桑田真澄氏、34年ぶりPLユニで甲子園で投げた! マスターズ甲子園、変わらぬフォームで1回0封

4回から登板したPL学園OB・桑田氏は、高校時代と変わらない投球フォームで無失点に抑えた(カメラ・馬場 秀則)
4回から登板したPL学園OB・桑田氏は、高校時代と変わらない投球フォームで無失点に抑えた(カメラ・馬場 秀則)
マスターズ甲子園開会式で選手宣誓をするPL学園OBの桑田氏
マスターズ甲子園開会式で選手宣誓をするPL学園OBの桑田氏
PL学園時代の桑田氏
PL学園時代の桑田氏
スタンドで「PL★GO!」の人文字を作る応援団
スタンドで「PL★GO!」の人文字を作る応援団

◆マスターズ甲子園 PL学園5-1利根商(9日、甲子園)

 元高校球児による「マスターズ甲子園2019」が9日、16チームが参加して開幕した。春夏通算7度の甲子園優勝を誇り、2016年夏を最後に休部中のPL学園OB(大阪)が利根商OB(群馬)を破り、10年ぶりに聖地で“白星”を挙げた。巨人などで活躍したPL学園の桑田真澄OB会会長(51)=スポーツ報知評論家=は、1回を2安打無失点に抑え、1安打を放った。

 PL学園の背番号1が聖地に帰ってきた。開会式で選手宣誓を務めた桑田氏は、35歳以上が出場可能な4回から登板。2安打1四球を許したが、最速126キロの直球にカーブを交え、1回を無失点に抑えた。「五十肩もあって、体は思ったように動かないんですが、高校生の気持ちで投げた」。PL学園の選手としては、1985年夏の甲子園決勝で宇部商(山口)に勝って以来、34年ぶりのマウンドを満喫した。

 大阪府予選では、45歳以上の背番号は「61」以降のため、代名詞の背番号「18」をひっくり返した「81」をつけた。「今回は好きな番号でいいということだった。PL学園は『1番』だと思います」。5回は甲子園で初めて遊撃を守り、その裏の攻撃では右越え二塁打を放った。その後、元阪神・岩田徹氏の左前適時打で4点目のホームを踏んだ。

 三塁内野席には、北海道や沖縄から18~81歳までの卒業生が約1400人も駆けつけた。老若男女でブラスバンド(現役を含む)、応援団、バトンチアを結成。「PL」の人文字がよみがえり、懐かしの応援歌「ウイニング」や校歌が銀傘にこだました。23人が甲子園経験者という豪華メンバーのチームは「逆転のPL」の異名通り、最後に甲子園に出場した09年夏の2回戦で聖光学院(福島)に勝って以来、10年ぶりに聖地で“白星”。昨年初日の1000人を大きく上回る5300人の観客が無料で観戦と人気は健在だ。

 2年連続出場に前向きで、来年1月のOB会総会で正式決定される予定。桑田氏は「(PL教団と)少し話し合いの場を持てるようになってきた。どのように復部するかも大事」と、野球部復活へ前進していることもうかがわせた。グラウンド内外で、桑田氏は母校のために力を尽くす。(伊井 亮一)

 ◆マスターズ甲子園 元高校硬式野球部関係者が世代、甲子園出場・不出場、元プロ・アマなどの壁を越え、出身校別にチームを結成して甲子園を目指す。04年に第1回大会開催。予選を勝ち上がった16チームが1試合のみ戦い、順位は決めない。大学野球と社会人野球の現役選手、現役のプロ野球関係者は出場不可。選手数は29~50人。3回までは34歳以下、4回以降は35歳以上が出場。投手は34歳以下の回は27歳以上で、全て2回以内の登板。9回または1時間30分で打ち切る。

 ◆桑田さんと甲子園 PL学園1年生だった1983年夏の選手権に背番号「11」で出場。準決勝で甲子園3連覇を目指す池田(徳島)の「やまびこ打線」を完封するなど、投打にわたる活躍で優勝に大きく貢献。同級生の主砲・清原和博との「KKコンビ」を軸とした同校は、翌84年は春夏連続で準優勝、85年春は準決勝で敗退したが、夏は2年ぶりの日本一に。出場可能な5大会全てに出場した桑田さんは、学制改革後では最多の甲子園通算20勝(3敗)を挙げた。また、甲子園通算6本塁打も清原(13本)に次ぐ史上2位タイ。

4回から登板したPL学園OB・桑田氏は、高校時代と変わらない投球フォームで無失点に抑えた(カメラ・馬場 秀則)
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