夏川りみ、苦節13年でやっと出会えた「涙そうそう」 20周年記念アルバム発売中

デビュー20周年を迎えた夏川りみ
デビュー20周年を迎えた夏川りみ
「涙そうそう」のジャケット写真
「涙そうそう」のジャケット写真
「『涙そうそう』に出会ったからこそ20年を迎えられた」と語る夏川
「『涙そうそう』に出会ったからこそ20年を迎えられた」と語る夏川

 デビュー20周年を迎えた歌手・夏川りみ(46)。長い下積み期間を経て出会った代表曲「涙(なだ)そうそう」(2001年)は、オリコン週間ランキングで157週にわたってトップ100入りし、歴代3位のロングヒットを記録した。「『涙そうそう』に出会ったからこそ20年を迎えられた」と、穏やかな表情で感謝の気持ちを語った。(水野 佑紀)

 台湾の街中。夏川が信号待ちをしていた時、耳なじみのあるメロディーが聞こえてきた。台湾人男性の携帯の着信音が「涙そうそう」だった。

 「気付いた瞬間に『すいません。これ歌ったの私です!』って話しかけちゃいました。おじさんは驚いていたけど。でも『涙そうそうは台湾の曲です』って言われたので訂正しました(笑い)。日本だけでなく、いろんな国の言葉で歌われているのは、びっくりと同時にうれしい。曲がどこまでいくか、私が追いかけている状況です」

 同曲は99年に芸名「夏川りみ」としてデビューしてから2年で発売した。早いブレイクのように思えるが、それまでには紆余(うよ)曲折があった。

 幼少期から歌手になることを夢見ていた。歌の先生は父親で演歌・歌謡曲をたたき込まれた。9歳で出場した地元ケーブルテレビ主催の「のど自慢大会」で、川中美幸の「ふたり酒」を熱唱し優勝。86年、歌手志望の若者による全国大会「長崎歌謡祭」に沖縄代表として出場し日本一に輝き、15歳で上京。89年に「星美里」名義で演歌歌手としてデビューした。

 沖縄から全国進出した第1号の歌手として、地元の期待を一身に背負っていたが「なかなか聴いてもらえなくて、そんなうまくいかないもんだなって思った」。シングル3枚を発売したが、7年で引退。那覇市に住む姉の元へ身を寄せ、スナックで歌い始めた。「りみが歌手をやめてスナックで歌っているらしい」と、うわさされたこともあったが、大半は応援してくれた。

 「スナックに歌を聴きに来てくれるお客さんが多くて、毎日歌っていた。助けたいと思ってくれた人もいて『琉球放送に出てみない?』とか声をかけてもらった。歌っている時が一番楽しいなって思い直した」

 自信を取り戻し、99年に夏川りみとして再デビューした。

 再デビュー曲「夕映えにゆれて」は夏川の美声を生かせるバラード曲だったが、“沖縄感”が一切ない。「デビュー当初、夏川りみの沖縄感を出さずに売り出そうとしていた。何でだろうな~、でも事務所の考えなんだろうなって思っていた」。どこかモヤモヤを抱えていた。そんな時に出会ったのが「涙そうそう」だった。

 夏川を語る上で「涙そうそう」は欠かせないが、実は夏川のためのオリジナル曲ではない。もともとは森山良子が作詞し、沖縄出身のバンド・BEGINに作曲を依頼して98年に発表した楽曲だ。

 夏川が同曲に出会ったのは2000年の沖縄サミット。BEGINが歌ったのをテレビで見て「サビが頭から離れられなくて衝撃的だった」。すぐにライブに足を運び、生で聴いた。「歌いたい」という思いが強くなった。

 「『涙そうそう』に出会えた時に自然体でいられる自分がいた。やっぱり沖縄出身だし、沖縄の曲を歌いたい。待ってたという感じでしたね」

 BEGINに直談判し、カバーが実現。同楽曲のために三線(さんしん)も始めた。準備万端でレコーディングに挑んだ。だが、すぐに壁にぶち当たった。森山は早世した兄への思いを歌詞にした。題は「涙がとめどなく流れる」という意味。夏川はレコーディング中に森山の思いを知り、一時中断した。

 「本当は私が歌ってはいけない楽曲だったんじゃないかと…。レコーディングをやめたのは後にも先にもない。でも、やっぱり歌いたい気持ちが強くて、お兄さんへの思いが詰まった歌詞を繰り返し読み込んだ」

 通常より時間をかけてレコーディングをした。BEGINからは「今の歌い方ならみんなに届くよ」、森山からも「いっぱいいっぱい歌ってね」と激励された。

 沖縄らしい三線で始まり、きれいでさわやかなメロディー、伸びやかで透き通る夏川の声。沖縄の大手CDショップ・照屋楽器店の発売1週目チャートはB’zの「Ultra Soul」に次ぎ2位。じわじわと本島にもブームが押し寄せ、2002年に日本レコード大賞で金賞を受賞、紅白歌合戦にも初出場した。発売から3年をかけて、100万枚を突破した。

 「最初の頃は、有線のリクエストで『女の人の涙そうそう、お願いします』って連絡がたくさん来たんですって。名前が知られていないから。いろいろなところにインストアライブで呼ばれるようにもなった。大勢の人が集まっていて、誰かが来ているのかと思っていたら、私の歌を聴きに来てくれた人だった。いい楽曲は絶対、皆さんに届くと思った」

 苦節13年でのブレイク。当時を思い出すと今でも顔がほころぶ。

 その後、「涙そうそう」は国境を超えた。これまでに、台湾語、北京語などアジアを中心にカバーされ、国民的人気を誇る国もある。現在行っている20周年記念ツアー(29公演)でも台湾などアジアで4か所5公演を行う。「ゆったりした曲が多いんですけど、最初からペンライトをうわ~!って振り回していて、ノリ方を間違ってませんか?って(笑い)。でも、皆さんの期待感はステージにも伝わる。日本の歌、沖縄の歌がみんな好きなんだなって」

 人気はアジアだけにとどまらない。昨年11月、初の南米ツアーでブラジルとペルー公演を敢行。3日間で5000人を動員した。同所は沖縄にルーツがある日系人が多い地域。観客と一体となって沖縄の踊り・カチャーシーを踊った。

 「THE BOOM、BEGINから『みんな、りーみが来るの待ってるよ』って聞いていたので、南米はずっと行きたかった場所。沖縄の音楽を誇りに思っている人もいた」

 故郷の音楽をさらに広めることが今の目標だ。「島唄だけのアルバムを作りたい。海外に行って島唄があること自体がすごいことだと気付いた。もっともっと、沖縄音楽の風を届けられたら」

 ◆20周年記念アルバム沖縄線限定発売

  • 20周年記念アルバム「美らさ愛さ」のジャケット写真

    20周年記念アルバム「美らさ愛さ」のジャケット写真

 20周年記念アルバム「美(ちゅ)らさ愛(かな)さ」が発売中。タイトルには沖縄の言葉で「美しく愛(いと)おしい」の意味が込められている。アルバム名と同じ表題曲は夏川が「RIMI」名義で5年ぶりに作詞を担当。初めて沖縄の方言の歌詞をしたためた。同アルバムはJALの沖縄線限定で機内販売される。「機内販売でアルバムを売るなんて聞いたことない。石垣島へコンサートに行くとき、確かめてみよう」と笑った。

 ◆夏川 りみ(なつかわ・りみ)本名・玉木(旧姓・兼久)りみ。1973年10月9日、沖縄・石垣市生まれ。46歳。紅白歌合戦には2002年に初出場し、これまで6回出場。04年に「愛よ愛よ」で日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞。05年に愛知万博NHK関連番組のテーマソング「ココロツタエ」を担当。同年に石垣市民栄誉章を受章した。私生活では09年にパーカッション奏者の玉木正昭さんと結婚。10年に長男を出産。

デビュー20周年を迎えた夏川りみ
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