【HAKONE LIFE】筑波大、26年ぶり本戦出場を支え続けた選手寮の大家さん

筑波大の弘山監督(右)は選手寮の大家・中島さんに改めて感謝した
筑波大の弘山監督(右)は選手寮の大家・中島さんに改めて感謝した
筑波大選手寮の大家・中島さん宅には1981年箱根駅伝6位の賞状が飾られている
筑波大選手寮の大家・中島さん宅には1981年箱根駅伝6位の賞状が飾られている

 ◆筑波大選手寮「桐萌塾」大家・中島翌(あきら)さん(85)

 NHK大河ドラマ「いだてん」の主人公、金栗四三さんの母校で、1920年の第1回箱根駅伝を制した東京高等師範学校の流れをくむ筑波大が予選会(10月26日)を6位通過し、26年ぶり61回目の本戦出場を決めた。長い低迷期も温かく見守ってきたのが、茨城・つくば市の選手寮「桐萌塾」大家の中島さんだ。「夢のようです」と中島さんは柔和な笑みを見せた。

 常連の私立校は大学が選手寮を所有しているが、国立の筑波大は民間のアパートを借り上げ、選手寮としている。「昔も今も、よくしてもらって感謝しきれません」。筑波大OBでもある弘山勉監督(53)は予選会の翌日に早速、中島さんを訪ね、改めて感謝した。

 筑波大は東京教育大を母体として73年に開学。「当時は学生さんが住むアパートや寮が少なかった。たまたま、陸上部の学生さんが私のアパートに住むようになって、それ以来のお付き合い。アパートに名称があったか、覚えていませんが、最初に住み始めた学生さんが桐萌塾と名付けたんですよ」と中島さんは懐かしそうに話す。東京高等師範学校時代から校章のモチーフ「桐」にこだわった命名が先達の愛校心を表している。

 1室2部屋が8室。1室は食堂としているため、7室に主力の14選手が生活している。家賃は昭和の時代とほぼ同じの1万2000円。「とても助かっている。しかも、食堂部屋の分はおまけ。その上、頻繁にお米や野菜を差し入れしてくれています」と指揮官は頭を下げる。近所の別のアパートで暮らす選手も朝夕食は桐萌塾で取っているため、全選手が恩恵を受けている。

 中島さん宅の居間には、1981年大会で筑波大が最後に6位入賞を果たした時の賞状が飾られている。「筑波大の皆さんのお気持ちとしていただきました」と中島さんは丁寧に話す。弘山監督は先輩たちの心意気に「感動します」と感慨深く語り、その上で決意を明かした。「近い将来、また、箱根駅伝の賞状を中島さんに贈りたい」

 「桐萌塾」の歴史は約半世紀。第1回大会から数えれば大河ドラマをはるかにしのぐ“長編ドラマ”を中島さんは陰で支え続けている。(竹内 達朗)

筑波大の弘山監督(右)は選手寮の大家・中島さんに改めて感謝した
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