本紙記者が橋渡し。野球殿堂博物館で日米野球写真展開催

1996年、オリックス時代のイチローと記念撮影する星野さん
1996年、オリックス時代のイチローと記念撮影する星野さん
1996年、巨人時代の松井秀喜の打撃
1996年、巨人時代の松井秀喜の打撃
1971年、オリオールズの主砲ブルックス・ロビンソンの本塁打
1971年、オリオールズの主砲ブルックス・ロビンソンの本塁打
1992年、マリナーズのケン・グリフィー
1992年、マリナーズのケン・グリフィー

 東京ドーム内にある野球殿堂博物館で11月2日(土)から写真展「星野“ジョー”光弘氏が見た日米野球のスターたち」が開催される。

 1960年代から90年代にかけての日米野球で、メジャーのユニホームを着た小柄な日本人の姿を覚えているファンも少なくないだろう。それが星野さんだ。

 終戦直後の時期に、横浜で米軍のレクリエーション関係の仕事に従事し、その縁で1949年の日米野球(サンフランシスコ・シールズ)を手伝うことになった。そこから毎回、日米野球で来日した米国チームのサポートを務め、1966年ロサンゼルス・ドジャースからは用具係として認められ、建設業を営む傍ら、関東地区での試合に限って、来日チームのベンチ入りして選手をサポート。“ジョー”の愛称で、多くの来日選手たちから親しまれ、1998年まで約半世紀にわたり、裏方として日米のスーパースターたちを間近でサポートし、2003年に70歳で亡くなりました。

 1998年に取材をした際に「昔のスター選手は堂々としていたし貫禄があった。今はみんなが金持ちになってしまった」と、選手気質の時代の移り変わりを話していたが、いつも笑顔を絶やさずに、グラウンド狭しと動き回っていた姿を思い出す。

 実は、ご遺族から連絡をいただくまで、カメラが趣味でこれだけの枚数の写真を撮っていたとはまったく知らなかった。ご遺族の話によれば1968年(セントルイス・カージナルス)からは、自宅でその日のうちに現像。2枚ずつ焼いて一枚は選手にプレゼントし、もう一枚は写真にサインをしてもらって、アルバムにまとめていたという。グラウンドを中心に選手たちを間近でサポートしている合間に、スター選手のプレーなどを撮りだめしたものが何と14冊、約1400枚にも及んでいました。

 この貴重な写真、資料が今回、博物館に寄贈され、展示会開催に至りました。その中から厳選したスーパースターの写真33枚。彼らの往事を思い出しながら、ご覧になっていただくと幸いです。(蛭間 豊章)

1996年、オリックス時代のイチローと記念撮影する星野さん
1996年、巨人時代の松井秀喜の打撃
1971年、オリオールズの主砲ブルックス・ロビンソンの本塁打
1992年、マリナーズのケン・グリフィー
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