NHKにとって、長い、長い1年間の旅だったのではないか。全47回放送の最終回に向け最終局面に入った大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」(日曜・後8時)。放送開始時から何かと低視聴率をネタにされてきた看板ドラマの置かれた現状をストレートに表す会見があった。
23日、東京・渋谷のNHKで行われた木田幸紀放送総局長の定例会見。NHK総合で20日夜に生放送されたラグビーW杯の準々決勝・日本―南アフリカ戦の平均視聴率(後7時10分~9時26分)が関東地区で41・6%の好数字を記録したことについて聞かれた木田氏は「日本代表の戦いぶりに、選手たちに敬意を表したいと思います。視聴者のみなさんの力も全部合わさったものが、あの視聴率の数字になったと思っています」とした上で「令和元年にあれほどの数字が取れる。テレビの同時性、威力をまざまざと感じました」と感慨深げに続けた。
そんなNHKの制作・編成の最高責任者の表情が一気に曇ったのは13日に放送された「いだてん」第39話が8月25日放送の第32話で記録した5・0%を下回り、平均視聴率3・7%と、ついに大河史上最低記録を更新してしまったことについて聞かれた瞬間だった。
3%…。例年2ケタを記録して当然だった大河にとって、にわかには信じられない数字。同時間帯に日本テレビ系で生中継されたラグビーW杯「日本対スコットランド」(後7時半~9時54分)が平均視聴率39・2%をたたき出したことが大きく影響したのは確かだろう。
この日、まず「13日の『いだてん』について、先ほど自分で『テレビの威力をまざまざと感じた』と言っておいてなんですが…」と苦笑した木田氏は続けて、「日本戦という全国の方の注目を浴びていた番組が裏にありましたので視聴率としては大変、厳しい結果になったとは思います。しかし、ドラマというのはもっと何か月も前から準備して中身を検討して作り上げているもの。放送日の視聴率がどうだった、こうだったかでなく、番組としてぶれずに、日本人の半世紀を描いていこうという制作意図はいささかも変わっていないと思っていますし、内容的な成果としては高いものが作られていると思っています」と胸を張った。
驚きの発言が飛び出したのは、この直後だった。
「ただ、最初からご指摘があったように話が分かりにくい、登場人物が多岐に渡るので時制が分かりにくい等々があったことは確かですので、そういったことは今後の大河ドラマを作る時には一つの参考にしていきたいとは思います」―。
放送スタート時から指摘されてきた同作の“欠点”を真摯に認めた上で、今後の大河制作に今回の教訓を生かそう―。そんな反省の意図を込めた言葉に、この4年間、木田氏の定例会見を取材し続けてきた私は心底、びっくりした。
木田氏は1977年の入局後、90年の大河「翔ぶが如く」演出、97年の同「毛利元就」制作統括など一環して制作畑を歩んだ“NHK放送全体の顔”と言っていい存在だ。大河という同局の顔である大型ドラマの表も裏も知り尽くしているだけに、同作が2月10日に平均視聴率9・9%を記録。大河史上最短での1ケタを記録してしまった8か月前から毎月の定例会見で懸命にテコ入れ策を口にし、擁護も続けてきた。
8か月間、毎月開かれる上田良一会長と木田総局長の会見のたびに「いだてん」の不振について聞き続けてきた私たち放送担当記者もいいかげん粘着質だとは思うが、木田氏は毎回飛び出す「いだてん」関連質問に嫌な顔一つせず、「物語の山場に合わせてプロモーション番組なども増やしたい」「『いだてん』というドラマは今までにもない、これからあるどうかかも分からない、見たこともない大河ドラマの作りをしてます」「レベルの高い大河ドラマの作り方を最後まで貫いて欲しい」などなど熱い発言を続けてきた。
6月の会見では「視聴率が全てということではない」という視聴者の受信料で制作しているNHKのトップとしては、やや波紋を呼ぶ発言までしていた。
今回の最低視聴率更新にあたっても「この先、『いだてん』はいよいよ戦後編に入りますので、戦後編から1964年の(東京)オリンピックに向けて、一気に大展開していって、最後まで日本人の半世紀を描き切っていただきたいと思います」と、プロモートに徹し、制作陣にエールを送った木田氏だが、放送回数は47回の予定のまま、年末の最終回に向け放送される「いだてん」の今後に“上がり目”は感じられない。
録画視聴、自分の好きな時間にタブレット端末などで見るオンデマンド視聴も増えている上、日曜午後8時の裏番組は強力そのもの。常に平均視聴率15%以上の日本テレビ系「世界の果てまでイッテQ!」に加え、平均視聴率20%台を連発し、9月29日の放送では、ついに20・8%の番組最高視聴率をたたき出したテレビ朝日系「ポツンと一軒家」も巨大な敵に成長した。
さらに、弱り目に祟り目とはこのことか。第2部の主人公・東京に五輪を招致するために尽力した新聞記者で後の日本水泳連盟会長・田畑政治(まさじ)を熱演中の阿部サダヲ(49)が今月16日、都内でマイカーを運転中、接触事故を起こしていたことが発覚。
東京五輪で女子バレーボール日本代表を率いた大松博文監督役で11月から出演予定の「チュートリアル」徳井義実(44)も個人で設立した会社が東京国税局の税務調査を受け、18年までの7年間で約1億2000万円の申告漏れを指摘されるなど、キャストにスキャンダルが続出。
振り返れば、3月には足袋職人・黒坂幸作役で出演のピエール瀧(52)もコカイン使用による麻薬取締法違反で逮捕され、降板。放送期間中に主要出演者3人が不祥事に見舞われるケースもまれではないか。
ならば、「いだてん」は1963年の「花の生涯」からスタートした大河58作の歴史の中で史上最低の作品なのか? いや、そうではないと、ここまで録画視聴なのが申し訳ないが、ずっと「いだてん」を見続けてきた私は言いたい。どんな逆境にあっても、この全く新しい大河ドラマは面白いと―。
オリジナル脚本を手掛けた13年の連続テレビ小説「あまちゃん」を大ヒットさせた宮藤官九郎氏(49)は命がけで1年分の物語を紡いできたと心底、思う。さらに5月の上田会長の定例会見の際、“逆ギレ”気味に「(視聴率を上げる)特効薬的なものがあれば、逆にお聞きしたいと思っております」と口にして話題になった制作幹部が続けた言葉「『いだてん』は我々としても挑戦的な大河ドラマです」こそ同局制作陣の本音中の本音だと思う。
そして今、ついにマラソンで言えば、ラストスパート。スタジアムに突入しつある「いだてん」。木田氏が口にした「今までにもない、これからあるどうかかも分からない、見たこともない大河ドラマ」という言葉を信じて、12月の最終回まで見続けようと思う。
「いだてん」という良くも悪くも10か月間、話題になり続けたドラマの根底にあるのは、テレビ離れが声高に叫ばれる中、従来の大河の視聴者層である中・高年層だけに頼るのではなく、必死で新しい顧客を開拓しようという意欲的な挑戦、ドラマ作りの数々だったのは確かなことだから。(記者コラム・中村 健吾)
◆「いだてん」の視聴率推移
▽第1話 15・5%
▽第2話 12・0%
▽第3話 13・2%
▽第4話 11・6%
▽第5話 10・2%
▽第6話 9・9%
▽第7話 9・5%
▽第8話 9・3%
▽第9話 9・7%
▽第10話 8・7%
▽第11話 8・7%
▽第12話 9・3%
▽第13話 8・5%
▽第14話 9・6%
▽第15話 8・7%
▽第16話 7・1%
▽第17話 7・7%
▽第18話 8・7%
▽第19話 8・7%
▽第20話 8・6%
▽第21話 8・5%
▽第22話 6・7%
▽第23話 6・9%
▽第24話 7・8%
▽第25話 8・6%
▽第26話 7・9%
▽第27話 7・6%
▽第28話 7・8%
▽第29話 7・8%
▽第30話 5・9%
▽第31話 7・2%
▽第32話 5・0%
▽第33話 6・6%
▽第34話 9・0%
▽第35話 6・9%
▽第36話 7・4%
▽第37話 5・7%
▽第38話 6・2%
▽第39話 3・7%
(数字はビデオリサーチ調べ、関東地区)