丸山桂里奈、涙で福島第一原子力発電所での社員時代を語る

日本代表時代の丸山桂里奈(11年9月のロンドン五輪アジア最終予選)
日本代表時代の丸山桂里奈(11年9月のロンドン五輪アジア最終予選)

 18日放送のTBS系「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」(金曜・後8時57分)に元サッカー女子日本代表でタレントの丸山桂里奈(36)が出演。「テレビで話すのはこれが初めてかも」という東日本大震災で被害を受けた東京電力福島第一原子力発電所での社員時代について語った。

 女子サッカーの「東京電力マリーゼ」でプレーするため、丸山は2005年に東京電力に就職、配属されたのが福島第一原子力発電所だった。管理職付として課長以上のサポートを行う仕事を午前9時から12時までこなし、午後2時からはJヴィレッジで練習という毎日。当時の上司(ユニット所長)が、東日本大震災後に陣頭指揮を執った発電所の吉田昌郎所長だった。

 丸山がプレーする姿が好きだといつも言ってくれたという吉田さん。サッカー部が1部最下位になり2部に降格した際も、社内での冷たい空気を察知して励ましてくれたという。「すごく優しい方で、私のことだけでなくチームのことも心配してくれていた」と話した。北京五輪代表になった時も、現地へ激励のメールを送ってくれるなど応援してくれた恩人だった。

 それだけに、11年3月の大震災後、テレビで連日映される発電所の様子、会見する吉田所長の姿に心を痛めた。その年の6月に開幕したワールドカップには「ゴールを見せるっていうのが、吉田さんに一番届く」の思いで臨み、決勝トーナメント準々決勝のドイツ戦では延長後半3分に、決勝ゴール。一度も勝てなかった強豪を倒す奇跡のゴールを丸山が決め、初優勝の快挙を成し遂げるきっかけを作った。

 その時のゴールについて丸山は「光が見えたんですよ。光の通りに蹴ったらイメージ通り入ったんです」と、初めて経験した“見えないチカラ”があったことを明かした。帰国すると、発電所の元同僚からたくさんのお祝いの連絡が入り、「吉田さんから『ナイスゴールだったって伝えて』と言われました」と伝言されたという。

 番組では丸山が12年3月、社員時代に住んでいた福島・大熊町を防護服に身を包んで訪れた様子も放送。変わり果てた町やJヴィレッジについて話す丸山は涙が止まらなかった。

 そんななか、吉田さんは12年11月に食道がんであることを公表、13年7月に58歳の若さで亡くなってしまった。「ひと目でもいいから会いたかったって思いますね」。会いに行かなかったことを今でも後悔していると涙を浮かべた。

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