【奥川、山瀬の盟友ストーリー】〈1〉奥川より速球上だった山瀬

宇ノ気中で全国制覇を果たした奥川(右)と山瀬
宇ノ気中で全国制覇を果たした奥川(右)と山瀬

 幼なじみのバッテリーが、そろってプロ野球選手となる。今夏の甲子園で星稜を準優勝に導いたヤクルト1位・奥川恭伸投手と巨人5位・山瀬慎之助捕手(ともに3年)の2人の歩みを、「とやま・いしかわ報知」で振り返る。第1回は、2人の出会いから星稜入学まで。

 運命の出会いは6歳の時。奥川と山瀬は、宇ノ気小(かほく市)1年で同じクラスとなった。ともに2年で学童野球の宇ノ気ブルーサンダーに入り、4年で初めてバッテリーを組んだ。以来9年間、最高の相棒でライバルとして互いを高め合ってきた。

 奥川のひじと手首を柔らかく使った投球フォームは、バドミントンが原点だ。幼少時は、バドミントンの実業団チームで活躍した母・真由美さんの練習についていき、ラケットを振っていた。奥川は「小さい頃にバドミントンで腕を振る感覚を身につけることができた。腕の使い方はピッチングに生きている」と語る。

 小中時代、2人は常に球速や打率を競い合っていた。宇ノ気中2年秋には、山瀬が138キロを記録し、奥川の137キロを上回った。投手として将来を期待する声もあったが、山瀬は「奥川がいなければ、投手をしていたかもしれない。ただ奥川がいる以上、エースにはなれないことは分かっていた」と日本一の強肩捕手を目指すことに決めた。

 中3夏には、全国中学校軟式大会で日本一に輝いた。当初2人は、別々の高校への進学を希望していた。しかし希望進路を提出する前夜、電話で誓い合った。「2人で星稜に行って、高校でも全国制覇をしよう」。

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