国際オリンピック委員会(IOC)は16日、東京五輪の猛暑対策として陸上のマラソンと競歩を札幌開催に変更する案の検討に入ったと発表した。東京より気温が約5度低く、地理的な条件などを理由としている。五輪開幕まで1年を切り、IOCが会場変更を提案するのは異例の事態で、実現には難航も予想される。猛暑を見据えて準備を進めてきた現場サイドでは驚きと戸惑いの声が上がった。
6日に閉幕したドーハ世界陸上では、深夜スタートのマラソンや競歩でさえも高温多湿の条件で棄権者が続出。東京五輪の猛暑を不安視する声が浮上した。IOCは大会組織委員会や東京都、国際陸上競技連盟と協議を進める方針を示し、東京五輪の準備状況を監督する調整委員会が30日から都内で開く会合でも話し合う。IOCのトーマス・バッハ会長は「選手の健康は常に懸案事項の中心にある。マラソンと競歩の変更案は懸念を深刻に受け止めている証左。選手にベストを尽くせる条件を保証する方策だ」と話した。
本番が約9か月後に迫った段階での方針変更に、現場サイドでは戸惑いの声が上がった。9月15日に五輪とほぼ同じコースで行われた五輪マラソン代表選考会(MGC)の男子で優勝し、代表に内定した中村匠吾を指導する駒大の大八木弘明監督(61)は「東京でやってほしい。暑さに対応するため、科学委員会などもサポートしてくれている。MGCで真剣勝負を経験したメリットもなくなってしまう」と訴えた。
2位で代表に内定した服部勇馬を指導するトヨタ自動車の佐藤敏信監督(57)は「本当に変更するなら早く決めてほしい。準備が全く変わる。気温が4~5度低くなるなら当然、ペースは上がる。耐久性よりスピードが求められる」と話した。東京都の小池百合子知事も「コースや開始時間は都と大会組織委員会、IOCなどと協議して決定してきただけに、驚きを感じる」と疑問を呈した。都幹部によると、小池氏には組織委から15日に変更計画が伝えられた模様。根回しは全くなく「寝耳に水」の様子だったという。
東京五輪のマラソンは女子が来年8月2日、男子が同9日に行われる。招致段階の計画からスタート時間は早まり、男女マラソンは午前6時、世陸ダブル金メダルで東京五輪でもメダル有力な競歩の男子50キロは同5時半、男女20キロは同6時に変更されていた。女子マラソンの1年前の測定ではスタート時間の午前6時で気温30度超を観測した。
開催地の変更が決定した場合、全選手が練習予定やレースプランなどを一から練り直さなくてはならない。公道を使う競技は地元警察や商店街などとさまざまな調整が必要。選手らの宿泊先の確保や警備、ボランティアなどの問題も生じ「経費は確実に増えるだろう」(大会関係者)との声も出ている。
◆東京と札幌の気温 男子マラソンが行われる8月9日の平年値(1981~2010年)の気温は東京で午前6時が25.6度、午前9時が27.9度、最高が31.1度。札幌は午前6時が20.6度、午前9時が23.7度、最高が26.9度。それぞれ札幌の方が約5度低い。16、17年の8月9日は東京で年間一番の最高気温を記録(それぞれ37.7度、37.1度)。今年の最高気温は2番目に暑い35.6度だった。
◆ドーハ世界陸上のマラソンと競歩 ともに深夜から未明にかけて実施したが、男子マラソン以外は気温30度、湿度70%を超え、女子マラソンや男子50キロ競歩でゴールできた選手は約6割にとどまり「地獄だった」と表現した選手もいた。男子20キロ競歩金メダルの山西利和らは、東京五輪で日陰をつくる設備を求めていた。