和田誠さん死去…イラストレーターの第一人者、たばこ「ハイライト」や週刊文春表紙など手がける

自らデザインし、後に受賞者として受け取った報知映画賞のブロンズ像を披露する和田誠さん(1995年11月)
自らデザインし、後に受賞者として受け取った報知映画賞のブロンズ像を披露する和田誠さん(1995年11月)
和田家・家系図
和田家・家系図

 週刊文春の表紙イラスト、村上春樹さんらの著作の装丁、エッセイスト、映画監督など多くのジャンルで活躍したイラストレーター・和田誠(わだ・まこと)さんが7日午後6時57分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。83歳だった。報知映画賞(報知新聞社主催)の受賞者に贈られるブロンズ像のデザインも担当し、43年間にわたって晴れ舞台を彩ってきた。葬儀・告別式は近親者で既に執り行われ、後日にお別れの会を開く。

 独特の温かみがありながら、都会的な空気も漂わせるイラストで知られた和田さんが亡くなった。

 代表作は1977年から現在まで42年掲載されている週刊文春の表紙イラスト。しかし、一昨年からは過去に載せた作品を再掲載していた。高齢のため創作活動を抑えていた。妻で料理愛好家の平野レミさん(72)によると、1年前から体調を崩し、自宅療養していた。7月から都内の病院に入院し、肺炎を患った後に家族に見守られながら旅立った。

 幼少期に漫画家・清水崑に憧れて絵を描き始める。多摩美大時代からポスターデザインを始め、59年にデザイナーとして広告会社に入社。たばこ「ハイライト」、社会党ロゴマークのデザイン、新宿日活名画座のポスターなどで注目を集め、68年に独立する。

 週刊サンケイの表紙似顔絵、村上春樹・谷川俊太郎・星新一各氏の書籍装丁などのイラストで知られた。まだ、なじみの薄かった時代から「イラストレーション」「イラストレーター」という呼称を用い、略語「イラスト」を定着させたのは和田さんの功績と言われている。装丁を担当した書籍は1000冊以上。依頼を受けると「面白かったらやります」と応じ、2度目の連絡を受ける頃には既に完成させていたという逸話もある。

 第一人者でありながら、絵の世界にとどまらない表現者でもあった。84年の「麻雀放浪記」から映画監督業に本格進出。銀座の街や映画、ジャズなどについてのエッセーも高い評価を得た。落語や演劇の台本、訳詞などもこなし、日本のショービジネスをテーマにした「ビギン・ザ・ビギン」も日本ノンフィクション賞も受賞した。マルチな活躍ぶりは、後にイラストレーターから俳優になったリリー・フランキーらに続く道を開いた。

 自ら描くイラストのように、誰に対しても優しく、都会的な魅力を持った人柄で知られた。人付き合いの少ない村上さんも和田さんと過ごす時間を大切にしていた。

 ◆和田 誠(わだ・まこと)1936年4月10日、大阪市生まれ。多摩美大図案科卒業後、59年に広告会社「ライトパブリシティ」入社。68年独立。69年、文春漫画賞。93年、講談社エッセイ賞。94年、菊池寛賞。98年、淀川長治賞。著作に「お楽しみはこれからだ」「銀座界隈ドキドキの日々」「シネマ今昔問答」など。映画監督作に「快盗ルビイ」「怖がる人々」「真夜中まで」など。

自らデザインし、後に受賞者として受け取った報知映画賞のブロンズ像を披露する和田誠さん(1995年11月)
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