【世紀をつなぐ提言】64年大会陸上400メートルリレー代表・浅井浄<上>スタートは誰にも負けない

400メートルリレー予選で、アンカーの室(左から3人目)にバトンを渡す浅井(同4人目)
400メートルリレー予選で、アンカーの室(左から3人目)にバトンを渡す浅井(同4人目)

 来年の東京大会で金メダルの期待がかかる陸上男子400メートルリレー。今でこそ強化合宿が行われているが、64年大会当時は練習もなかなかできなかった。関学大を1年留年して出場した浅井は「合宿は基本的に個人種目の練習で、それが終わってからがリレーの時間だった。メンバー(飯島秀雄、蒲田勝、室洋二郎)はそろうことが少なかったですね」と振り返った。

 五輪では100メートル代表を目指しており参加標準記録の10秒4を何度かマークしたが、全て追い風参考となり夢はかなわなかった。それでもリレーのメンバーには選ばれた。「当時はライバル意識が強くてね。タクシーに同乗するのを嫌う選手もおった。チームワークはなかったですわ」。しかも大会直前に、第1走者から第3走者に変更された。「なぜか分かりませんが突然、言われましたね」

 誰よりも低い姿勢からのスタートが武器で、1走にはうってつけだった。陸上選手だった母・英子(ひでこ)らの指導で、中学時代には「スタートは誰にも負けない」という自信を持っていた。だが3走はコーナーでバトンを受け、コーナーでバトンを渡さなければならない。「リレーの中では一番難しい走者ですわ」

 迎えた10月20日の予選。練習不足と走順変更の影響が出てしまった。2走の蒲田からバトンを受ける際に(受け渡し区域を越える)オーバーゾーンとなりそうになり、浅井は止まってしまった。41秒6で6位。タイムに拾われたが、準決勝では40秒6の8位で敗退となった。

 「決勝まで行きたいというのはあったけど、準決勝ではバトンはきちんと合ったし、目いっぱい走れた」。2年後の66年に現役を引退するが、その低い姿勢でのスタートを受け継ぎ、大選手が誕生する。(編集委員・久浦 真一)=敬称略=

 ◆浅井 浄(あさい・きよし)1940年2月6日、東京都生まれ。79歳。兵庫・明石高3年時のインターハイ、国体100メートルで優勝。関学大時代には関西インカレ100メートルで4連覇。62年ジャカルタ・アジア大会代表。63年インカレ100メートル優勝。100メートルの自己ベストは10秒5。

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