孤高の“至芸”の頂へ。白鸚の半世紀。「ラマンチャと弁慶は同じ」その理由とは?

「ラ・マンチャの男」より。主演の松本白鸚(左)とサンチョ役の駒田一(写真提供/東宝演劇部)
「ラ・マンチャの男」より。主演の松本白鸚(左)とサンチョ役の駒田一(写真提供/東宝演劇部)

 ミュージカルといえば、歌って踊って、見ていて楽しく単純明快な作品が多いと思われがちだ。しかし、おそらくその真逆に位置するのが、「ラ・マンチャの男」だろう。歌舞伎俳優・松本白鸚(77)のライフワークとして1969年初演から単独主演で半世紀。10月4日に東京・帝国劇場(千秋楽27日)で幕を開けたばかり。なぜ難解とされ、ギネス級の記録を持つに至ったのか。少し考えてみる。

 セルバンテスの長編小説「ドン・キホーテ」をもとにしたミュージカルだが、観念的だ。牢獄での劇中劇もあり、重層構造で進んでいく。主演俳優の役どころ(セルバンテス、アロンソ・キハーナ、ドン・キホーテ)が一言で説明できない点も複雑な印象を与える。30年前に初めて見たとき正直なところ、あまり理解できなかった。なぜ名作なのか、よく分からなかった。

 ところがだ。何年かおきに見るうち、作品はまったく違った色合いを帯びていく。何度も“ラマンチャ”を見ているある俳優は「泣くために見にいく」と言った。心の浄化作用もあるのだろうか。実際、前回(2015年)、お客さんをチラチラ観察していると、白鸚が歌う有名な「見果てぬ夢」の前奏が始まったとたん、ハンカチで目頭を押さえる人が本当にいた。

 私たちがふだん会話するとき「ドン・キホーテのような人」という表現は、あまりいい意味で使われない。哀れで滑稽でかたくな。気の毒な人。一番最初に20代で見たとき、複数の主人公がやっかいで苦手タイプの人間に映ったのも理解を妨げた。しかし、理性や現実と狂気のはざまを行き来しつつ、まっすぐ純粋さを失うことのない姿。周囲にどう思われても諦めず、理想を求めて生きようとする姿は、いとおしさに変わっていく。

 “ラマンチャ”は19日(午後5時の回)で1300回を迎える。白鸚は「勧進帳」の弁慶も当たり役にしており、こちらは1100回以上。弁慶はヒーロー的存在。まるで対照的だ。しかし、白鸚は「僕は演じていて、同じように思えてならないのですよ」。そんな意外な解釈を聞かせる。これだけの回数演じてきた“境地”から発せられる言葉だけに、それなりの理由がある。

 「偶然だけれど、ラマンチャはヤリのような杖、弁慶では金剛杖を持っていますよね。そして両方とも旅、遍歴での話ですよね」。ともに孤独な一面を抱えていることを意味しているのかと思ったら違った。「孤独より、“日本の男”を強く感じるのです。僕に男を感じさせる生き方、というものをずっと考えさせてくれている役なんですね」

 日本での“ラマンチャ”の始まりを振り返ったとき、この舞台を米国で見て感動した父(初代松本白鸚)が「ぜひ息子にさせたい」と東宝に掛け合ったのが始まりとされている。長女で女優の松本紀保(本名・紀保子)の名はキホーテが由来だ。長男の松本幸四郎が生まれ、松たか子が産声を上げた年も、この舞台に立っていた。一方で最愛の母、を失ったのは89年大阪公演の初日。以前、「出会いと別れ。舞台を降りても自分の中にキホーテが息づき、この役が僕を支え続けてくれたと思えてならないのですよ」と話していたのを思い出す。

 美しい旋律の主題歌「見果てぬ夢」。この名曲を生んだミッチ・リーも2014年、鬼籍に入った。毎公演、伴奏を聞くだけで、おそらく白鸚は、胸が張り裂けるほどさまざまな感情がこみ上げ、気持ちを整えるだけでも大変だろう。しかし一切の私情を振り払って舞台に立つ。一曲、一曲の奥深さ。自分も30年、歳を重ねた。果たしてどのような色合いの感情を残すのか、心して見なければならないと思っている。(記者コラム)

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