巌流島の決戦32周年、当初は藤波VS長州として企画されていた…金曜8時のプロレスコラム

“仕掛け人”上井文彦氏
“仕掛け人”上井文彦氏

 10月4日はアントニオ猪木VSマサ斎藤の「巌流島の決戦」記念日だ。1987年のことだから、今年で32周年ということになる。江戸時代に宮本武蔵と佐々木小次郎が戦ったとされる関門海峡に浮かぶ伝説の無人島(山口県下関市、正式名称は船島)でのプロレス決戦。

 ルールなし、レフェリーなし(立会人・坂口征二、山本小鉄)、観客なしの時間無制限の決戦。激しい流血戦で、照明代わりのかがり火に両者がたたきつけ合った死闘は2時間5分14秒、猪木が裸絞めで斎藤を失神させ、戦意喪失によるTKOで決着がついた。昨年7月14日にマサ斎藤さんが75歳で亡くなった時に、この戦いが再びクローズアップされたが、あらためて“仕掛け人”元新日本プロレスの上井文彦氏(65)に話を聞いた。

 「32年になるんですね。そりゃ年も取りますよね」いろんな年輪を重ね、現在はプロレス業界から一線を引いている“駅長”こと上井氏は久しぶりにプロレスについて口を開いた。

 上井氏が山口・下関市出身だったからこそ実現できた。「その年の4月に(クラッシャー・バンバン)ビガロが来たシリーズで下関市で試合があって、火の山という標高260メートルぐらいの下関で一番高い山に関係者を案内したんですよ。火の山公園という展望台に登って、そこから双眼鏡で見ていた藤波さんが、『あそこ巌流島だよね。あそこで俺と長州がやったらおもしろいよね』と言ったのが始まりだった」

 その頃、藤波辰己(現辰爾)は、全日本プロレスを離脱した長州力と名勝負数え歌を再開しようかという状況で、猪木、斎藤、坂口の旧世代(ナウリーダー)から覇権を奪おうと必死になっていた。

 「巌流島でプロレス。ロマンチックなことを言うんだな。藤波さんは普段、こんなこと言わんのに、こんな夢があるんだと聞いてたんです」

 7月になって当時営業部長の倍賞鉄夫さん(故人)から「10月のクールが変わるときに、テレビ朝日のスペシャル番組がとれるから、何かアイデアあるか」と聞かれた。上井氏が「10月5日に後楽園ホールをおさえてあるので、それと同じ日に巌流島と二元中継すればいいじゃないですか」と提案すると「それは面白い」となって、倍賞さんがテレビ朝日と交渉。約一週間後に「スペシャルで巌流島決まったぞ」と言われた。だが条件があった。「ただな、藤波対長州じゃなくて、アントニオ猪木対マサ斎藤になった」猪木会長が「そういう戦いは、まだあの2人にはできない。俺とマサしかできない」と言ったという。「すり替わったんですよ。テレビ朝日もやっぱり猪木と斎藤がいいという。人生をかけたいろんなストーリーがあるから、レスラーとしての当時の重みが違いますからね」

 そこでごねている時間はなかった。島との交渉だ。「島の3分の1が三菱造船、3分の2が下関市の持ち物だったんです。地元選出の安倍晋太郎さんの下関の筆頭秘書の方がプロレスが好きで、市を動かしてくれて借りられたんです。さらに関門汽船と交渉して、舞台装置が整った」

 観客を入れるのも券売の期間が短く、移動の問題もあって不可能だった。テレビ朝日から新日本に出向してきていた辻井博専務(当時)から「客を入れないでやるのか。興行会社が無料でやるイベントなんて聞いたことない」と叱責された。ある巡業中に、タイヤメーカーののぼりがはためいてたことにヒントを得た。「大相撲の幟はスポンサーで持っているよなと思って、1本10万円で売ったんです。最初にかばんのエースが10本買ってくれたんです。130本売ることができて1300万円。全部の経費が1160万円だったですから、普通に140万円の黒字になったんです」

 テレビ朝日の特番「ワールドプロレスリングスペシャル」は10月5日に放送され、1日遅れの巌流島中継と後楽園ホールからの生中継となり、猪木VSマサ斎藤の死闘の後に、後楽園のメインイベント、藤波VS長州が放送された(生放送の途中で切れたが…)。

 「あれでよかったと思います。巌流島の“原作”は藤波さんだということには変わりません。次に馳浩とタイガージェットシンが巌流島でやってますけど、全然、印象に残ってないじゃないですか」1991年12月18日に、アントニオ猪木への挑戦権をかけて、馳浩とタイガー・ジェット・シンが巌流島で無観客試合を戦い、マサ斎藤が立会人を務めた(1時間11分24秒、馳がKO勝ち)。

 そして、藤波と長州も2012年5月5日に巌流島決戦を実現させている。山口県、下関市、北九州市による関門海峡観光推進協議会が、巌流島の決闘が行われたとされる1612(慶長17)年4月13日から400年を記念して、宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘400周年記念イベント「巌流島決闘十番勝負」を開催し、巌流島凧揚げ合戦、ロボットバトル対決、関門グルメ対決とともに、プロレスが行われた。

 招かれたのは下関出身の初代タイガーマスク(佐山サトル)で、自身はセミファイナルにまわって、先輩の藤波と長州にメインイベントを譲ってタッグマッチを組んだのだ。県と市を巻き込んだイベントだけに、満員となる3152人が島でプロレスを見た。決闘というよりも、お祭りだったが、藤波の夢はかなった。

 上井氏は、今年2月15日に大阪・城東KADO―YAがもよんホールで開催した「MASA SAITO MEMORIAL~GO FOR BROKE!FOREVER!~《闘将・マサ斎藤追悼試合》」を最後にプロレス興行から引退した。

 「最後の追悼試合ができたことが自分自身のけじめになりました。赤字になったんですけど、未練を残さないためには必要でした」現在は近畿地区でリサイクル事業に携わっている。「新日本をやめて山あり谷ありじゃなくて、谷あり谷ありでしたが、やっと山が見えてきました。お世話になった方に借金を返していかないといけませんから。ずっともがいてますけど、先が見えてもがいてますから」巌流島決戦を成功させた当たって砕けろの精神で上井氏は新たな道を進んでいる。(酒井 隆之)

 ◆プロレス巌流島決戦

 ▽1987年10月4日、新日本プロレス

 〇アントニオ猪木(2時間5分14秒、裸絞め→TKO)マサ斎藤●

 ▽1991年12月18日、新日本プロレス

 〇馳浩(1時間11分24秒、裏投げ→KO)タイガー・ジェット・シン●

 ▽2012年5月5日、レジェンド・ザ・プロレスリング

 ○初代タイガーマスク(8分36秒、猛虎原爆固め)ウルティモ・ドラゴン●

 ○長州力、大谷晋二郎(7分29秒、サソリ固め)藤波辰爾、ヒロ斉藤●

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