想像を超えた世界へ…馬場雄大が切り開いた日本バスケの未来

スポーツ報知
ダンクシュートを決める馬場雄大

 Bリーグから初のNBAチームとの契約選手が誕生した。馬場雄大(23)はA東京をチャンピオンシップ連覇に導き、今年7月にNBAの若手登竜門と言われるサマーリーグにダラス・マーベリックスの一員として参加。日本代表では13年ぶりの出場となったW杯(8~9月・中国)で1次リーグ3試合、順位決定戦2試合に全て出場を果たした。特に世界ランク1位でNBAの精鋭12人がそろった米国戦では、チーム最多の18得点と躍動。チームは45―98と大敗したものの、馬場は持ち前のスピードと高い身体能力を存分に発揮した。スチールから速攻でシュートに持ち込むなど、派手なプレーでインパクトを残した。

 日本人2人目のNBAプレーヤー・渡辺雄太や、6月のNBAドラフトで日本人初の1巡目指名を受けた八村塁は大学から米国に渡り、生活や文化に慣れながらライバルたちとしのぎを削り、NBAの舞台へたどりついた。だが、馬場は違う。高校まで地元の富山で過ごし、強豪・筑波大に進学。大学選手権3連覇を成し遂げた。大学も残り1年となったところでA東京へ入団。すべては「NBAに行くため」で「いち早く、上の舞台の選手と戦いたくてBリーグを選んだ」と話す。

 渡米前の会見では、米国の大学で着々と成長する渡辺や八村の姿を見て「正直、僕も早く(米国に)行きたかった」と本音をもらしたが「筑波大でもA東京でも『ただアメリカ行くだけじゃ意味がない。おまえが思ってるような甘い世界ではない』と言われた。ちゃんと力を付けて(米国に)行こうと思ったので、周りの方の支え、アドバイスがあったからかなと」と続けた。

 特にA東京のルカ監督は影響を受けた一人。リーグ戦でも常に「NBAに向けて今やれることをやれ」と言われた。試合中に意見を激しく言い合う時もあったが「アルバルクでの2年間がなければ、絶対(NBA挑戦の会見に)座ることができなかった」と感謝した。

 17年と18年には、Bリーグのオフ期間にサマーリーグを見に行った。「BリーグからNBAに行くことが夢で、サマーリーグは通過点だから」。国内では考えられないほどハイレベルで、想像を超えた激しい戦いを目の当たりにした。「恐ろしいと思いましたよ(笑い)」。18年7月のサマーリーグでは当時、ネッツの一員として参加していた渡辺雄太と会話。「日本人はボールの配球能力が高い。強みとして米国でも生かせると思う」とアドバイスを受け、背中を押された。

 マーベリックスとは「エキシビット10」契約。開幕前のキャンプ参加を想定した契約形態で、期間は1年間。開幕までに評価を高められれば、トップチームと下部リーグの傘下チームを行き来できるツーウェー契約に切り替えることもできる。「自分は自分の道。パイオニアになりたい」。これからの日本バスケ界に、新たな可能性をもたらしてくれるだろう。

 ◆小林 玲花(こばやし・れいか)サッカー「ドーハの悲劇」と同じ1993年10月28日、福井市生まれ。25歳。16年入社。これまで水泳、体操、バスケットボール、テニス、スポーツクライミング、フィギュアスケート、カーリングなどを担当。

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