巨人を愛した金ピカ先生、もう見られないあの笑顔

長嶋茂雄・巨人軍終身名誉監督と写真に収まる「金ピカ先生」こと佐藤忠志さん
長嶋茂雄・巨人軍終身名誉監督と写真に収まる「金ピカ先生」こと佐藤忠志さん
18年06月、インタビューに応じた「金ピカ先生」こと佐藤忠志さん
18年06月、インタビューに応じた「金ピカ先生」こと佐藤忠志さん

 金ピカ先生は巨人をこよなく愛していた。インタビューの冒頭、いきなり「長嶋さんが巨人の監督だった時にね、日本シリーズの解説やったんですよ。私の読みが的確に当たるということで」と話し始めた。昨年の梅雨入り前のこと。今年と違って巨人が元気なかった時期だけに「みんな一流になれって。グラウンドには金が落ちているんだから。つかみ取りですよ。もったいない」と話し、たばこの煙をゆっくりと天井に向かって吐き出したのが実に印象的だった。

 1980年代に予備校のカリスマ人気講師として一世を風靡(ふうび)、高価な宝飾品を身にまとい、独特な風貌でタレントとしても活躍した佐藤忠志さんが24日、都内の自宅で亡くなっているのが発見された。生活保護を受け、デイケアセンターの職員が自宅を訪問したところ、冷たくなっている佐藤さんを発見したという。最盛期は年収2億円もあったという予備校時代の華やかできらびやかな生活とは対照的に、最期はひっそりと、だれにも看取られることなく、68年の生涯を閉じた。

 人懐っこい笑顔も印象的だった。「どうぞ、散らかってますけど、上がってください」と促され、自宅にお邪魔した際、ヌメっとした何かを踏んだ。嫌な予感がした。おそるおそる足元を見ると、おそらく、生ごみの入ったビニール袋が破裂。室内は荒れていた。「女房いないもんでね。1人で生活して? 1年半です」。大きな夫婦ケンカをして、警察沙汰になり、11日間留置されて戻ってきた時には「女房、いなかったんです。犬連れて。まあ、ほっぽっときますけどね。もう女房に未練ないし」と話しながらも、室内のフォトフレームには若かりし頃の夫婦がテニスウェアの姿で笑顔を振りまいていた。

 取材中、たばこの煙が絶えることはなかった。大きめの灰皿には山盛りになった吸い殻。おそらく、アルコールも入っていただろう。「朝からビール飲んでます。もう飲みたいもの飲んで。いつ死んでもいいんですから。だって、やりたいこともないし、やることもないんだから。生きる屍(しかばね)ですよ。人生、大満足しているから、いいんです。未練ないです。ビール以外? 中華の時は老酒。ブランデーならクルボアジェ。ナポレオンですよ」。言葉の端々に、先生にとっての栄華を極めた過去の生活ぶりが感じられた。

 取材はそれよりも前に何度もしていて、都知事選への出馬が噂された頃、食事をごちそうになりながらインタビューしたこともあった。20年近く前のこと。それでも先生は「食事はどちらへご招待しましたっけ。中華でした? じゃあホテルオークラの(高級中華店の)桃花林ですよ」ときっぱり。アルコール漬けの生活でも記憶力は健在で、自民党公認で2001年の参院選出馬を打診された際、当時の野中弘務幹事長との総裁室でのやり取りについても鮮明に覚えていて、秘話を明かしてくれたりもした。しかし、その一方で「もう(政治に)関心ないです。気がないんですよ」と無気力で自暴自棄なコメントを何度も繰り返した。

 記事にすることを一瞬ためらった。それでも、ありのままの「今」の姿を伝えることで、かつての金ピカ先生にお世話になった生徒さんたちが心配してまた集まってくるような、そんな思いも込めてインタビューをまとめた。「お座敷」と呼んでいたテレビ出演も、近況報道がきっかけになってオファーがあればと思っていたが、その後、先生のその後が伝わってくることはなかった。

 無気力で無機質の生活のなかでも見るテレビは「ニュースと野球だけ」と話していた。あれから1年ちょっと。大好きだった巨人が5年ぶりにセ・リーグ優勝を決めた3日後の悲報。金ピカ先生はあの人懐っこい笑顔を浮かべて喜んだだろうか。(記者コラム・佐々木 良機)

長嶋茂雄・巨人軍終身名誉監督と写真に収まる「金ピカ先生」こと佐藤忠志さん
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