【箱根からMGCへ】大迫傑、無駄な要素そぎ落とし信じた道迷わず進む…父・猛さん語る

レースに向けて集中力を高める大迫傑
レースに向けて集中力を高める大迫傑

 東京五輪代表選考会のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)が15日、東京・神宮外苑前発着で行われる。代表3枠中2人が決定する大一番を前に、スポーツ報知では有力選手を紹介。タスキをつないで成長し、世界へと駆ける代表候補に迫る。第1回は日本記録保持者・大迫傑(28)=ナイキ=。強さの源を父・猛さん(57)が語った。(取材・構成=太田 涼)

 圧倒的な速さと存在感。中学時代から世代トップクラスで走り続けた大迫の少年時代について、猛さんは「ご想像通りだと思いますが、ザ・男の子です」と懐かしそうに目を細める。「野球をやっていた小学生の時に、子供マラソン大会で好成績を出したのがきっかけで陸上を始めました。中学生の頃から目的を重視していましたね。既存の常識に惑わされないところは変わらないかもしれません」

 早大時代には3度の米国武者修行、15年からはリオ五輪男子マラソン銅メダルのゲーレン・ラップ(米国)らが所属するナイキ・オレゴン・プロジェクトに籍を置いた初めてのアジア人に。異国で力をつけ、18年10月のシカゴ・マラソンで、2時間5分50秒の日本新記録を樹立した。

 妥協せず競技に打ち込んできた。早大での4年間はトラックを中心にスピードを磨き「箱根は個人として狙う大会じゃない」と話していた大迫。猛さんは「駅伝がマラソンに生きているのかは分かりません」と言うが、チームの勝利に向け全力で取り組んだ。

 早大4年時には箱根駅伝直前の約1か月を米国で過ごした。五輪2大会連続長距離2冠のモハメド・ファラー(英国)らとギリギリまで調整して箱根路へ。渡辺康幸監督(現・住友電工監督)も「別人になって帰ってきた」と評価するほどの仕上がりだったが、1区5位、チームも総合4位に終わった。「現状で出せる力は全部出せた。あれ以上出せと言われても無理だった」。自分のため、そして仲間のために死力を尽くしてタスキをつないだ。

 そんな箱根との縁は、佐久長聖高3年時の家族旅行。車で天下の険へ向かうと「走って上る」と当時の小田原中継所で下車して走り始めたという。「ゆっくり走ってくるのかな、とみんなは山の中腹で買い物をしていた。そしたら電話があって『もう芦ノ湖着いたよ』と(笑い)。ただ走りたかっただけかもしれませんが、箱根というものに何か感じるものがあったのでしょう」と猛さんは振り返る。

 目的達成のため、無駄な要素をそぎ落とし、自分の信じた道を迷わず進む。そうしてたどり着いたスタイルがマラソンで実を結んだ。MGCは沿道で声援を送るという猛さん。「ケガなく一生懸命走ってくれたら十分」。運動会に出る息子を見守るような優しい父の顔でエールを送った。

 ◆大迫 傑(おおさこ・すぐる)1991年5月23日、東京・町田市生まれ。28歳。長野・佐久長聖高から早大進学。2015年に米国へ拠点を移し、プロ選手に転向。16年リオ五輪5000メートルと1万メートル代表。17年4月のボストンで初マラソンに挑み、2時間10分28秒の3位。18年10月のシカゴで2時間5分50秒の日本新記録をマークした。170センチ、52キロ。家族は妻と2女。

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