“未来の平松愛理”スタート…葛藤乗り越え「部屋とYシャツと私」続編「―あれから」完成

デビュー30周年を迎えた平松愛理(カメラ・小泉 洋樹)
デビュー30周年を迎えた平松愛理(カメラ・小泉 洋樹)
1992年に発売され、93万枚超の大ヒットとなった「部屋とYシャツと私」のジャケット写真
1992年に発売され、93万枚超の大ヒットとなった「部屋とYシャツと私」のジャケット写真
27年ぶりの続編ソングとして話題の「部屋とYシャツと私~あれから~」のジャケット写真
27年ぶりの続編ソングとして話題の「部屋とYシャツと私~あれから~」のジャケット写真

 ソロデビュー30周年を迎えたシンガー・ソングライターの平松愛理(55)が、8月28日に30周年シングル「部屋とYシャツと私~あれから~」を発売した。代表曲「部屋とYシャツと私」(1992年)に登場する夫婦のその後を描いた“続編”。制作期間は半年以上、生みの苦しみを乗り越え「音楽の神様とつながった気がした」。平松が同曲に込めた思い、27年前のオリジナル盤の制作秘話などを語った。(加茂 伸太郎)

 大一番を終えたアスリートのように、すがすがしい表情をしていた。27年ぶりに続編を発売し、1週間あまりが過ぎた。平松は「30周年をきっかけに、この曲が、未来の『平松愛理』の音楽のスタートになるようにしたい。そんな気持ちです」と優しくほほ笑んだ。

 売り上げ93万枚以上を記録した「部屋とYシャツと私」だが、最初はアルバム「MY DEAR」(90年)の収録曲の一つにすぎなかった。それどころか、アルバムの収録リストにもなかった。「『平松愛理らしくない曲だから』ってスタッフのほとんどが反対…。5分14秒ぐらいだけど、長めの曲が1曲あった方がいいと思ったんです。『どうしてもこの曲を入れたい!』と意見を通していなければ、入っていなかった。今の私はなかったかもしれない」

 もともとは友人(=新婦)の結婚式に招待され、そのために書き下ろした曲。初めて式で演奏した時に感じた違和感は今でも忘れられないという。

 「あなた浮気したら うちでの食事に気をつけて 私は知恵をしぼって 毒入りスープで一緒にいこう」

 「大地をはうような あなたのいびきも歯ぎしりも もう暗闇に独りじゃないと 安心できて好き」

 ブラックジョーク満載の歌詞に「新郎側はずっと渋い顔、新婦側はにこやかに聴いていた。リアクションがあまりに対照的で…。新婦側のご両親には『素晴らしい曲をありがとう』と感謝されたけど、新郎側は特に何もなかった」

 アルバムのプロモーションのため、全国各地をキャンペーンで回ったが、「部屋とYシャツと私」は話題にも上らなかった。質問されたのは1度、「3拍子ですね」だけ。

 「『はい、3拍子です』って言いましたけど、本当にそれだけ(笑い)。プロのスタッフの指摘は正しかったなって。『いつの日かコングラチュレーション』という箸にも棒にもかからない、つまらない曲(未発表)があるんですけど、そっちにしておけば良かったと思ったぐらい」

 それが、だ。有線放送をきっかけに、2年近くかけてジワジワと人気に火がつき、92年にシングル化。さだまさしの「関白宣言」の女性版として話題になり、自身最大のヒット曲となった。SNSもなく、テレビやラジオ全盛の時代。「『有線かかっているね』と言われても、別のシングルだと思っていた。まさかこの曲だとは(笑い)。あの頃はタクシーに乗れば、ラジオがかかっていた。それが良かったのかな」

 平松によると、92年までのヒット曲は〈1〉4分の4拍子〈2〉BPM(テンポ)130〈3〉3分台の長さが多いという。その年の年間トップ10に当てはめると、〈1〉は米米CLUB「君がいるだけで」、槙原敬之「もう恋なんてしない」、〈3〉はとんねるず「ガラガラヘビがやってくる」が該当する。

 「私のオリジナルは一つも当てはまらない。バブルでせわしなく動いて、きらびやかが終わる時代なのにトロ~ッとしたテンポの曲でしょ(笑い)。ヒットしたのが、今でも本当に信じられない」

 これまで事あるごとに続編やアンサーソングのオファーを受けてきたが、答えは「ノー」だった。「望まれて、望まれて、望まれてきたけど、原作を超えるのは絶対に無理だと思っていた。納得できない状態でリリースするのは、私の中では許されないことだった」

 30周年のタイミングが近づくにつれ、心境に変化が生まれた。「35、40周年とこれ以上、作品からの距離が遠くなることを考えると、リミットだと思った。超えられるか分からないけど、同じぐらい(のクオリティー)の作品を作る。そこまで引っ張り上げるんだ、と覚悟を決めました」

 「共感」にこだわり、同世代の友人、知人に徹底的にリサーチ。20~30年後、50歳前後の夫婦をイメージし、制作期間にはオリジナルの3倍の半年以上を要した。「勇気のいることで、初めは自信がなかった。ゼロから書くというよりマイナスから、という感覚。模造紙を買いに行く時間も惜しかった」。A4用紙を貼りつけて巨大な紙を作り、そこに何度も書き足した。「ランナーズハイのような感じ」で寝食を忘れて書き続けた時期もあった。

 転機になった出来事がある。当時住んでいた三軒茶屋のマンションを二十数年ぶりに訪問した。友人と食事をするため、車を止めた駐車場が、偶然そのマンションのそばだった。「何かに誘(いざな)われた感じでした。あの場所に行きなさいという(お告げのような)ものが。2階の奥の部屋の前まで行ったけど、全然変わっていなかった。あの頃を思い出せて良かった」

 アレンジは変えたが、メロディーは変えずに収録した。「あなた浮気したら 私は子供を守るから 結婚祝いのカップに 特製スープ ひとりで逝って」「大地を割るような あなたのいびきは大問題 幸せは夫婦別室で 朝のおはよう 好き」オリジナルの歌詞とリンクさせた。

 反響も上々だ。ミュージックビデオの撮影中、新婦役の女性が「歌詞の通りなんです」と泣き出したという。「『名前で呼んでくれないですよね』って。ストレートな感想を聞けて安心しました。『続編出したんだ』とか、『ふ~ん』『へえ~』とか無関心が一番嫌。想像以上にリアクションもある。ホッとしています」

 平松は「浸透するまでにはある程度、時間がかかると思う。時間をかけてでもいいので、浸透させていきたい」と語った。再び大輪の花を咲かせるつもりだ。

 ◆平松 愛理(ひらまつ・えり)1964年3月8日、兵庫・神戸市生まれ。55歳。89年アルバム「TREASURE」、シングル「青春のアルバム」でソロデビュー。93年アルバム「Single is Best」がミリオンセラー。同年「部屋とYシャツと私」を原案に映画化。95年「美し都~がんばろやWe love KOBE~」を発表、阪神淡路大震災復興支援を始める。「CHEER UP! MORNING」(FM OSAKAほか)を放送中。血液型A。

 ◆16日記念ライブ

 30周年記念シングルには「きっと届け」「ありがとう」の3曲が収録されている。平松は8日に大阪・ABCホールで、16日に東京・恵比寿ザ・ガーデンホールで30周年記念ライブを開催する。

デビュー30周年を迎えた平松愛理(カメラ・小泉 洋樹)
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