【世紀をつなぐ提言】64年大会陸上女子800メートル代表・木崎正子〈上〉三段跳びレジェンドの教えで成長

東京五輪代表選抜陸上で力走する木崎〈9〉(64年9月、国立競技場で)
東京五輪代表選抜陸上で力走する木崎〈9〉(64年9月、国立競技場で)

 この種目で五輪に出場した日本選手は、これまで3人しかいない。1928年アムステルダム大会で日本女子初のメダリスト(銀)となった人見絹枝、2004年アテネ大会の杉森(現姓・佐藤)美保、そして木崎(現姓・藤本)だけだ。

 木崎が陸上を始めたのは、岐阜・長良高に入学してからだった。「中学時代はソフトボールをやっていたのですが、高校に入ったら『陸上をやった方がいい』と監督に言われたんです。足が速かったからだと思います」。入学当初は短距離選手だったが、2年になった60年、陸上部の浅野敏男監督に800メートルへの転向を勧められた。五輪では28年大会以降、800メートルは種目から外されていた。だが、60年のローマ大会で復活し、東京大会でも行われることになり、木崎に向いていると判断された。

 「短距離に比べるとスピード、持久力の両方が必要で、とてもきつかった。“尻が割れる”感じでした」と振り返ったが、指揮官の予想は的中した。3年時の東海大会で優勝し、日本選手権に出場するまでに急成長。中大進学後も記録は順調に伸び、代表の座をつかんだ。

 日本代表合宿はレジェンドと貴重な出会いの場になった。日本がかつてお家芸とした三段跳びで、いずれも金メダルを獲得した織田幹雄(28年アムステルダム)、南部忠平(32年ロサンゼルス)、田島直人(36年ベルリン)ら、そうそうたるメンバーがいた。

 高校3年時には織田から「かかとをももの後ろにつけるように走ると、足が前に出るようになるよ」とアドバイスを受け、その後の走りに大きなプラスになった。「先生方にさまざまなことを教わって、それは大きな財産になりました」。東京五輪前年のプレ五輪では2分12秒8の日本新を樹立するなど順調に記録を伸ばしたが、本番直前にアクシデントが襲った。(編集委員・久浦 真一)=敬称略=

 ◆藤本 正子(ふじもと・まさこ)1943年11月7日、名古屋市生まれ。75歳。幼少の頃、疎開で岐阜・美濃加茂市へ。日本選手権は62、64年の2度優勝。中大卒業後はコーチとして後輩の指導などを行い、現在は中大の五輪代表で組織する白門オリンピアンズ・クラブ理事。

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