熊本工・田中大翔、元オリックスの父は“赤ペン先生” 9年間親子で交わした野球ノート

熊本工の田中大翔の甲子園練習を見守る(左から)父の雅興さん、弟の愛将くん、母の恵さん
熊本工の田中大翔の甲子園練習を見守る(左から)父の雅興さん、弟の愛将くん、母の恵さん
熊本工・田中大翔
熊本工・田中大翔

 夏の甲子園も残り1日となった。たくさんの球児のそれぞれのストーリーに触れ、目頭が熱くなったり思わず笑ってしまったり…。やっぱり高校野球はいいなあと、記者自身もワクワクするような夏を過ごさせてもらっている。2回戦で甲子園を去った熊本工にも、親子の温かい物語があったのでぜひ紹介したい。

 背番号「16」でベンチ入りした田中大翔(ひろと)内野手(3年)は、元オリックスの田中雅興(まさおき)さん(42、現オリックス2軍マネジャー)を父に持つ。父は熊本工の外野手として、1994年と95年のセンバツに出場。95年にオリックスにドラフト5位で指名され、元大リーガーのイチロー氏やオリックスの田口壮1軍野手総合兼打撃コーチらとともにプレーした。そんな父と伝統ある熊本工のユニホームに憧れて、自宅のある神戸からの越境入学を決意。雅興さんの実家で祖父母と一緒に暮らしながら、最後の夏にして6年ぶりの聖地行きをつかみ取った。

 そんな田中の原点となっているのが、父と9年間交わした野球ノートだ。野球を始めた小1から熊本工に入るまで、毎週末の練習や試合を終えるとその日思ったこと、注意されたこと、疑問に思ったこと、できたこと、できなかったこと、父への質問など様々なことを記して、自宅にある父の自室の机に置く。すると翌日にはそのノートに父からの現役時代の経験も踏まえたアドバイスや、時には動作解析などの絵をコピーしたものが添えられ、田中の元に返ってくる。そんなやりとりを、熊本工に入るまでずっと繰り返してきた。

 ノート約10冊分にも及ぶ2人のやりとりには、雅興さんのこんな思いが込められていた。「野球を始める前から熊工に行きたいと言っていたので、その日が来るための準備と思っていました。僕は熊本には付いて行けないので、考える力をそれまでに身につけさせたいなと。記録として残していたらふとしたときに見ることができて、親元にいなくてもヒントになるかな?と思ったんです。ノート越しに、頭の中でどれだけ整理して文章にできているか、というのも見ていました」。仕事で家を空けることも多く、なかなか練習や試合を見に行けない父にとっても、ノートは野球を頑張る息子の今を知る大事な方法のひとつだった。

 ノートにはその時の気持ちが素直に表れており「丁寧な日もあれば、走り書きの日もありました。そういう時はストレスを感じているんだろうなって。普段はこっちからは聞かないようにしていたけど、そういう時は話を聞く時間をつくったりもしました」と雅興さん。直接は見せられない弱い部分も、ノートを通してなら見せられる。父と息子、2人をつないだ野球ノートは、いつしか親子のコミュニケーションツールのひとつになり、ノートのやり取りは親子のルーティーンにもなっていった。

 田中はこれまで書いたノート全て熊本に持って行き、今も大事にしている。「書いて見えるものに残すことで、小学生で基本が出来上がったと思います。中高でもノートがあったから基礎をより固められました。言葉で喋っていると、質問を聞きそびれたりすることもある。でも文字にしてもらうことで質問もしやすくなりました」。父からのアドバイスには『誰よりも声を出せ』『努力を怠るな』といった精神的なものも多く、熊本に来てからも何度も読み返してきたそうだ。

 そうして親子でつかんだ晴れ舞台を、父も息子も大いに楽しんだ。1回戦の山梨学院戦は仕事の都合で球場に来られなかった父も、2回戦の関東第一(東東京)は甲子園で観戦。田中の出番はなかったが、それでも憧れだった熊本工のユニホームを着て憧れの場所に立つ姿を、父や同校の野球部マネジャーだった母・恵さんには見せることができた。敗戦後、田中は「楽しい舞台で野球ができたのはとても良い経験になりました。充実した日々を過ごせました。試合に出られなかったのは悔しいけど、メンバーとして甲子園に立つ姿を家族に見せられて良かったです。やり残したことはない。1番の経験ができました」とすがすがしい表情で語った。持ち帰った甲子園の土は支えてくれた両親や、周囲の人にプレゼントするという。最後までこちらの目を見て、しっかりとした口調で時折はにかみながら取材に答えてくれた。そんな姿は仕事に対して熱心な雅興さんとも少し似ていて、思わず「頑張ってね!」と応援したくなるような爽やかな選手だったなと思う。

 スタンドから見守った雅興さんも「試合に出る出ないに関係なく、自分と同じユニホームを着て、自分が立ったところに息子が立っているのは感慨深かったです。奇跡のような、夢のような時間で楽しませてもらいました」と話し、試合後は「憧れの熊工で甲子園に行けて良かったね。良い仲間と切磋琢磨(せっさたくま)できたんじゃない?」と息子に連絡したという。現在田中は神戸の自宅に帰ってきているが、甲子園での戦いが終わった今でも親子で「熊工に行って甲子園に出られて良かったね」と会話をするそうだ。田中家にとって、今年の夏は忘れられない、かけがえのない思い出になったことだろう。

 次の夢に向けて新たな挑戦も始まっている。田中は卒業後も野球を続ける予定で、関西大への進学を希望している。関大の所属する関西学生リーグでは、リーグ戦で甲子園を使用するため「合格すればまた甲子園に来られるチャンスが(春と秋のリーグ戦の)8回あるので、上のステップでも帰ってくる!という気持ちで、最後は土を集めました」と田中。次のステージでも壁にぶつかることがあるかもしれない、でもそんなときは父との野球ノートがきっと助けてくれるはずだ。(記者コラム・筒井 琴美)

熊本工の田中大翔の甲子園練習を見守る(左から)父の雅興さん、弟の愛将くん、母の恵さん
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