宇部鴻城・岡田佑斗、春夏史上初の「1番・投手」弾&夏3度目2ケタ12K完投

4回1死一塁、宇部鴻城・岡田が右越え2ランを放つ(カメラ・豊田 秀一)
4回1死一塁、宇部鴻城・岡田が右越え2ランを放つ(カメラ・豊田 秀一)

◆第101回全国高校野球選手権大会第7日 ▽2回戦  宇部鴻城7─3宇和島東(12日・甲子園)

 宇部鴻城(山口)は、先発した背番号8の右腕・岡田佑斗(3年)が、13安打を浴びながらも12奪三振で3失点完投。打っても4回に右越え2ランを放ち、春夏史上初の「1番・投手」による本塁打をマークした。2ケタ奪三振も、1916年市岡中の富永徳義、27年札幌一中・岡村次郎(延長12回)に続く夏3度目。記録ずくめの活躍でチームを7年ぶりの3回戦へ導いた。八戸学院光星(青森)は、一時6点リードを逆転されたが再逆転。5年ぶりの3回戦進出を決めた。

 クールな男が投打2本の刀でどでかい仕事をやってのけた。宇部鴻城の岡田は2点リードの4回1死一塁、右翼席に2ランを放り込んだ。16年に日本ハム時代の大谷がやってのけた「1番・投手」での本塁打は甲子園では史上初。歴史に名を残した背番号8は「投手の気持ちを考えて2ボールから四球は出したくないなと。だから甘いボールが来ると思った」と表情を崩すことなくダイヤモンドを一周した。

 投げても3失点完投。昨秋に腰を痛め一時は投手から離れたが、夏前に「エースの池村(健太郎)を助けたい」と尾崎公彦監督(49)に再挑戦を志願。山口大会初戦では完封するなど結果を残し、2番手ながら大事なマウンドを託された。直球は130キロ台だが、テンポの良い投球で翻弄。そのあまりの早さに途中審判から止められる場面もあったが「日常茶飯事です。僕がボールを返すのを遅らせたりしてリズムを変えないようにした」と捕手の山本雄一郎。大舞台でもマイペースを貫き「1番・投手」では夏3人目となる2ケタの12奪三振にも「本来は打たせて取る投球なので三振は意識していない」と涼しげだった。

 投打の二刀流だけでなく、ピアノの腕前もすごい。母・由妃さん(40)が妹に習わせたいと教室に連れていったところ、妹よりも5歳の岡田少年が「となりのトトロを弾きたい」と夢中に。それ以来野球と並行して中3まで続け、小学校では卒業式の伴奏も務めた。人前で演奏することで養われた強心臓で、初めての甲子園でも「いつも通りでした」と言ってのけた。

 次戦はセンバツ4強の明石商とぶつかる。彗星(すいせい)のごとく現れたニューヒーローは「投打の両方をやっていきたい」と2本の刀を研ぎ、静かに戦いの時を待つ。(筒井 琴美)

 ◆過去の甲子園大会での主な 「1番・ピッチャー」

 ▽89年センバツ 大越基(仙台育英・背番1)
 〈1〉〇3―2小松島西 完投〇(9回6安打13K2失点)&打者(5打数無安打)

 ▽98年センバツ 東出輝裕(敦賀気比・背番6)
 〈2〉〇4―1島田商 完投〇(9回8安打7K1失点)&打者(4打数2安打)
 〈3〉●1―3PL学園 完投●(8回6安打10K3失点)&打者(4打数1安打)

 ▽08年センバツ 今宮健太(明豊・背番1)
 〈2〉●4―6常葉菊川 完投●(9回10安打4K6失点)&打者(4打数1安打)

 ▽98年選手権 東出輝裕(敦賀気比・背番6)
 〈1〉●0―5桜美林 先発●(31/3回8安打3K4失点)※投→二&打者(4打数2安打)

 【注】〈〉数字は回戦

 ◆岡田 佑斗(おかだ・ゆうと)2001年5月15日、山口県下関市生まれ。18歳。吉田小1年から軟式の「イーストウィンスポーツ少年団」で投手として野球を始め、木屋川中では軟式野球部に所属。宇部鴻城高では2年の秋に背番号「11」でベンチ入り。家族は両親と弟、妹、祖父母。趣味はバドミントン。将来の夢は社会人野球の選手。178センチ、78キロ。右投左打。

試合詳細

野球

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