五輪マラソン、箱根“経験”ありの記者2人が走ってみた

東京五輪マラソンコースを走った2記者
東京五輪マラソンコースを走った2記者

 ◆ずっと直射日光…後半担当・太田涼記者

 ランナーとしてより、人としての生存本能が勝った。竹内記者から魂のタスキを受けて、日本橋を駆け抜けるまでは快調。ほぼ日陰、たまに吹くビル風も爽やかだ。出勤するサラリーマンをかわしながら、銀座を過ぎ、気温の高さを実感しながら増上寺で折り返し。汗で次第に重くなるシャツ。ミネラルを失い、つりそうになる脚。それでも、予想した暑さを超えることはなかった。ここまでは。

 31キロ付近、神保町から左折した瞬間、クラッときた。前方に見えるのは全く日陰のない、皇居沿いの内堀通り。陽炎(かげろう)ゆらめく幻想的な景観を前に、思わずギアチェンジ。正確には、3段階くらい落とした。「このペースで踏み込んではいけない」と本能が告げていた。直射日光にさらされ続けた約4キロは、スタミナを根こそぎ奪うのに十分な距離だった。

 これまで、競技者として陸上競技に取り組んだが、ここまで過酷な環境下での経験はない。もっと長い距離を、もっと速いペースで走ったことはある。北海道での合宿や、早朝の涼しい時間の朝練習、夕方も日が落ちてからのトレーニングと質の高さを求めて積み上げてきた。恵まれた環境で走ってきた光景が走馬灯のようによぎるほど、地獄を感じた。

 魔の4キロを抜けた後は、ダメージが残る体を必死に動かし続けた。40キロ過ぎの上り坂も、急だったはずだがあまり記憶にない。ゴールこそしたが、唯一走れなかった新国立競技場のマラソンゲートからトラックまではおそらく約200メートルで3階層分上る必要がある。未知の世界への恐怖を抱くと同時に、1年後の極限の戦いに思いをはせた。

 ◆太田 涼(おおた・りょう)1991年7月8日、福島市生まれ。28歳。2010年に順大スポーツ健康科学部入学。1年生で1万メートル31分1秒34。3年から長距離マネジャーを務め、4年時は駅伝主務。14年に報知新聞社入社、レイアウト担当を経て18年から取材記者として陸上、箱根駅伝、大相撲などを担当。フルマラソン自己記録は12年ロサンゼルスでの2時間33分41秒。

 ◆8月9日の東京の天候 年間を通じて最も暑い日と言っても過言ではない。この日の最高気温は今年ここまで一番暑かった7日と並ぶ36度に達した。2016年、17年も2年連続で、その年で一番の最高気温を記録した(それぞれ37・7度、37・1度)。最高気温に達する午後2時前後は危険すぎる暑さになる。

マラソンのスタート地点でガッツポーズする太田涼記者(左)と竹内達朗記者
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