五輪マラソン、箱根“経験”ありの記者2人が走ってみた

マラソンのスタート地点でガッツポーズする太田涼記者(左)と竹内達朗記者
マラソンのスタート地点でガッツポーズする太田涼記者(左)と竹内達朗記者

 東京五輪男子マラソンまで、あと1年。学生時代、陸上部に所属していた竹内達朗記者(49)と太田涼記者(28)が閉会式当日に行われる花形種目を最高気温34・4度、今年一番の猛暑の中、体験した。42・195キロのうち、新国立競技場内のスタート、ゴールを除いた約41キロを半分ずつに分けて走破。勝負のポイント、過酷さを体を張って伝えます。

 ◆「谷口浩美さんが…」前半担当・竹内達朗記者

 真夏のマラソン体験取材。私と太田記者以外であればパワハラとなりそうな仕事だが、仕事よりランニング好きな2人は「喜んで!」と挑戦した。

 本番と同じく午前6時のスタートに合わせて新国立競技場前で準備していると、1991年東京世界陸上男子マラソンで栄光の金メダルを獲得した谷口浩美さんがテレビ局スタッフを引き連れて登場。同様の体験企画だろうが、格が違う…。いきなりビビったが、辞めるわけにはいかない。リポート中の谷口さんに先駆けて定刻にスタートした。

 外苑西通りを北上し、約2キロの富久町西の交差点を右折すると、エネルギーあふれる夏の朝の太陽が正面から体を焼き付けた。約8キロの小川町付近も早朝からの直射日光がまぶしかった。

 ただ、まだ低い太陽はビルに遮られることが多く、20キロ地点まで90%以上は日陰を走ることができる。その分、日なたを走る時は体力メーターが急激に減っていくことを実感するが。

 15キロの雷門前を順調に通過し、太田記者が待つ中央通りの高島屋前へ。ここは箱根駅伝10区のコース。正月、学生ランナーを苦しめるビル風が真夏は心地良い。信号待ちを含めて約20キロをほぼ予定通り2時間4分で走破。谷口さんに抜かれなかったことは私のランナー人生において勲章になった。

 夜明けの涼しさが残る前半は余力をたっぷり残すことがメダル争いの絶対条件。私が中間点にたどり着いた時、五輪ランナーは、間もなくゴールという時間になるだろう。確かに暑いが、午前8時頃までなら、辛うじて耐えられる暑さだった。序盤、果敢に飛び出す選手がいれば、超人たちの争いは高速決着になるかもしれない。

 ◆竹内 達朗(たけうち・たつお)1969年11月6日、埼玉・戸田市生まれ。49歳。88年、川口北高から東洋大に入学。箱根駅伝には3回出場も1年8区14位、2年3区13位、3年3区14位とブレーキ連発。4年時は予選会で敗退。泣く泣く競技の道を断念し、92年に報知新聞社入社。以来、サッカー、ゴルフ、陸上など担当。足で稼ぐ取材が身上で、青学大の原監督に「昭和の記者」と呼ばれている。フルマラソン自己記録は2時間21分台。

マラソンのスタート地点でガッツポーズする太田涼記者(左)と竹内達朗記者
東京五輪マラソンコースを走った2記者
すべての写真を見る 2枚
1 2

スポーツ

NEWS読売・報知 モバイルGIANTS ショップ報知 マガジン報知 個人向け写真販売 ボーイズリーグ写真販売 法人向け紙面・写真使用申請