【二宮寿朗の週刊文蹴】松田直樹氏思う気持ちがあれば

スポーツ報知
横浜Mベンチに飾られた故・松田直樹さんのユニホーム

 名ディフェンダー松田直樹が天国に旅立って、はや8年がたつ。追憶のコラムを書くたびに毎年「はや」と記してしまうのだが、8月4日の命日が来るたびにそう感じる。

 その日、都内のフットサル場で「松田直樹メモリアルフェス」が開催された。フットサル大会の合間にAED(自動体外式除細動器)講習会が行われ、彼が旅立った午後1時6分、参加者全員による黙とうがささげられた。ちょっとうれしかったのは横浜F・マリノスの背番号「3」のユニホームを身につけた参加者が何人かいたことだ。それぞれ違うシーズンのユニホーム。「あの年の松田はこうだったな」と頭の中で勝手に楽しませてもらった。

 横浜では永久欠番になっている。「日本代表、そして日本サッカー界への多大なる貢献への敬意と謝意、さらには松田直樹という偉大な選手への心からの追悼の証し」というのが理由であった。

 毎シーズン、松田の「XOサイズ」で背番号3のユニホームが作製されているのをご存じだろうか。用具を管理するクラブの倉庫には、そのユニホームが飾られてある。命日に近い試合ではロッカーやベンチに掛けられる。横浜時代の彼を知る山崎慎主務は「今もチームの一員。マツさんのことを知らない選手にも受け継いでもらいたい」と話す。

 松田が在籍したもう一つのクラブ、松本山雅は背番号3を後輩の田中隼磨が引き継いでいる。田中から「3番の話を(山雅から)もらったとき、最初それは重いなって感じたんですよ」と打ち明けられたことがある。彼は群馬にある松田の実家を訪れ、松田の姉・真紀さんから「ぜひ3番をつけてください。直樹も喜ぶに違いありませんから」と言葉をもらい、背負う覚悟を固めた。あれから6シーズン、熱くチームを引っ張る姿はどこか松田の姿が重なる。継承の形はそれぞれあっていい。松田直樹を思う強い気持ちがそこにあれば。(スポーツライター)

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