【世紀をつなぐ提言】64年大会競泳男子代表・後藤忠治<下>「苦しみ吹き飛んだ」鈴木大地の金メダル獲得

セントラルスポーツ所属の選手が出場した五輪のバッジを持つ後藤
セントラルスポーツ所属の選手が出場した五輪のバッジを持つ後藤
88年ソウル五輪男子100メートル背泳ぎで金メダルを獲得した鈴木大地
88年ソウル五輪男子100メートル背泳ぎで金メダルを獲得した鈴木大地

 64年東京五輪100メートル自由形で準決勝敗退、400メートルリレーも4位に終わった後藤忠治(77)は、周囲の説得にもかかわらず現役引退を決めた。その後は義父が経営する会社に勤務。「社会人になったら仕事をしろという父の教えと、(五輪で)負けたことで水泳から離れたかった」と振り返った。

 69年夏、営業活動の合間に国立代々木競技場のサブプールに足が向いた。日大時代の村上勝芳監督が、子供たちに水泳を教えているという話を聞いていた。「衝撃でした。村上さんは、もう56歳くらい。ウェットスーツのベストを着て、気温27度の水の中で一生懸命指導されていた」

 東京大会のメダルは男子800メートルリレーの銅1つと惨敗に終わり、ヘッドコーチだった村上は責任を痛感。米国が幼少期から徹底した水泳教育を行い、東京で金13個など計29個のメダルを獲得したことにならい、当初は自ら子供たちの入場料まで負担して水泳教室を行っていた。

 「俺もやらなきゃいけない。村上さんの肩にばかり、すがっていてはいけない」。自らの手で五輪選手を育てることを決意した。69年、五輪体操で金メダル5個を獲得した小野喬らとともに、セントラルスポーツクラブを創立した。資金面などでは苦労したが、自らの経験から優秀な指導者を育てることで優秀な選手が生まれるという指針は全くブレなかった。

 88年ソウル五輪で歓喜の時が訪れた。セントラルスポーツ所属の鈴木大地(現・スポーツ庁長官)が100メートル背泳ぎで金メダルを獲得。現地で鈴木の両親らと応援し「仕事をやり始めた時のことが全部思い出されました。苦しかったことも全部吹き飛びました」と感慨に浸った。

 04年アテネ五輪体操でも男子団体総合で冨田洋之、鹿島丈博が金メダルに輝くなど、これまで25人が五輪に出場し金3、銀3、銅2人のメダリストが誕生した。来年も所属選手に期待がかかるが、あえて重圧はかけない。「経験をいっぱい積んで、思う存分100%の力を発揮してほしい。それでダメだったらしょうがない。自分のようになってほしくないんですよ」。自然体の重要性を、誰よりも感じている。(編集委員・久浦 真一)=敬称略=

 ◆後藤 忠治(ごとう・ただはる)1941年12月4日、東京・葛飾区生まれ。77歳。日大卒。62年ジャカルタ・アジア大会100メートル自由形銀、800メートルリレー金メダル。69年にセントラルスポーツクラブを創業。70年に株式会社化し、現在は代表取締役会長。

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