東京五輪代表内定の寺内健に練習パートナー松村雄介さんが祝福手記

寺内(左)と大親友の松村雄介さんと、そのまな娘の3ショット(松村さん提供)
寺内(左)と大親友の松村雄介さんと、そのまな娘の3ショット(松村さん提供)

◆世界水泳 第2日

 【光州(韓国)13日=ペン・太田倫、カメラ・竜田卓】男子シンクロ板飛び込み決勝で寺内健(38)、坂井丞(26)=ともにミキハウス=組が東京五輪に内定した。寺内が育った陰には「家族よりも近い、兄弟以上の存在」という練習パートナーの存在があった。JSS宝塚で1歳年上だった松村雄介さん(39)。ある時、馬淵崇英コーチ(55)から「お前は五輪には出られないが、健はお前がいないと困る。一緒に練習することで健は五輪に行ける」と告げられ、大学卒業で引退するまで寺内と同じ過酷な練習メニューをこなして支え続けた。再び五輪の舞台へ挑む親友へ、松村さんが祝福の手記を寄せた。

 6回目の五輪って、何か笑っちゃいます。笑うしかない。ギネスではないんですか? 健は本当にすごい。普通はできないことです。

 僕は小学5年生からJSS宝塚で飛び込みを始めました。1年後、健が弟の佑と一緒に転校してきた。柔軟体操から始めて、泣きながら練習していました。飛び込み台の下では、ふざけて笑かし合いみたいな感じ。それが厳しい練習から気持ちをそらす時間でした。お互いにコーチの面白いところを見つけ合い、健はよくモノマネもしていました。

 (馬淵)崇英コーチから「練習パートナーになってくれ」と言われたタイミングは覚えていないですが、分かっていたことでもありました。精神的に支えるというよりは、何か気を抜ける存在になれたら。トップ選手としての孤独を解消できたら、と思っていました。選手として接したのは11年間ですが、特に高校、大学の7年間は、遠征や合宿以外ほぼ一緒に過ごしました。時にはコーチの指示が理不尽に聞こえることもあるから、グチを吐き出し合いながらやっていました。

 印象深いのは01年、福岡での世界選手権で銅メダルを取ったシーンです。パートナーとして、それまでの苦労が報われた気がしました。健にはメールでその素直な思いを伝えました。コーチから「パートナーに徹してほしい」と望まれたと、健に言ったことはありません。言ったら気を使わせますからね。コーチに対して、たまにはもうちょっとオレを見てくれよ、という思いはありました。でも、そこは実力不足だと思ってましたから。

 健は勝負強い。そしてとんでもなく負けず嫌い。佑と3人でゲームをしても、自分だけ負けていたらめっちゃ機嫌が悪くなります。だから、僕と佑がちょっと手を抜いて勝たせてあげることもありました。僕らは兄弟よりも仲が良い存在で、ある意味ではライバルです。健がいないと今の僕はない。2年前に会社を興して独立しましたが、健が頑張っているから僕も埋もれないようにいよう、って気持ちはあるんです。

30年間共に 出会ってもう30年…長いですね。五輪は今まで生で見たことはありません。健は五輪で自分が満足いく演技ができたことはないと思うんです。それができたら、順位に関係なく最高ですね。とにかく気持ちよく演技してくれたらいい。東京五輪は、今度こそ生で見たいと思っています。

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