飛び込み、寺内健、個人での東京五輪内定1号「まず1号を決められて良かった」

東京五輪が内定した寺内(右)と坂井は、日の丸を掲げ笑顔を見せた(カメラ・竜田 卓)
東京五輪が内定した寺内(右)と坂井は、日の丸を掲げ笑顔を見せた(カメラ・竜田 卓)

◆世界水泳 第2日

 【光州(韓国)13日=ペン・太田倫、カメラ・竜田卓】男子シンクロ板飛び込み決勝で寺内健(38)、坂井丞(26)=ともにミキハウス=組が合計389・43点の7位となり、全競技を通じて個人での東京五輪内定1号に決まった。決勝8位までに出場権を与える日本水連の条件をクリアし、寺内は2大会連続6度目の五輪で夏季大会の日本人では最多タイ。シンクロ種目への日本ペアの出場は初となる。

 胸を締めつけるような戦いの先に、五輪への道が開けていた。寺内が坂井とともに、誰よりも早く東京五輪切符をつかみ取った。「苦しい戦いだった。まず1号を決められて良かった」。今大会の飛び込み競技で最年長。じん帯を損傷している右肩に大きなテーピングを施して6本を飛び切った38歳に、国境を超えた拍手が送られた。

 2本目を終えて暫定3位につけるも、3本目から5本目までは当落線上の8位。普段、途中経過を見ない寺内も、緊迫した空気に気づいていた。「コーチがすごくしっかり教えてきて『落ち着いてや』って言ってくる。そっくりそのまま返したかった」。5本目まで7位だった韓国ペアが最後に大きなミス。寺内組は75・33点をたたき出し、7位に食い込んだ。

 わずか1・6秒間の勝負。そこに人間性が凝縮されると信じている。試合前。部屋を出るときに使ったタオルを元に戻し、ベッドもきれいに整える。「二度と戻ってこないかもしれない。死んで見られても恥ずかしくないように」。飛び込み台への階段は左足から。タオルの畳み方や投げ方もいつも同じ。約20個もあるルーチンを一つひとつこなす。決闘に赴く侍のような儀式で、爪の先まで神経の通ったダイブを作り上げてきた。

 拠点とするJSS宝塚の建物の裏に原点がある。幅3メートル、奥行き30メートルほどの小さなスペースに、練習台や靴箱が所狭しと置かれている。中学時代、仲間と草むしりを行い、マットを敷いて練習場をつくった。今でも、そこで基礎を教わる子供たちに交じって着替える。訪問した中国の選手が「こんなところで練習しているのか」と、あぜんとした。それでも「ちょっと狭いけど、この環境で自分は世界と戦ってきたんです」と誇らしげに話す。

 16年リオ五輪の板飛び込みでは20位で予選敗退。その悔いも原動力のひとつに、馬術の杉谷泰造に並ぶ6度目の五輪に臨む。「気づけば6回目ですね。でも、シンクロは初めてなので。今までで一番の結果を求めて、1年間過ごしたい」。五輪の最高成績は、00年シドニー大会の高飛び込み5位。目指すのは、草むしりをしていた頃と変わらない、メダルという夢だ。

 ◆寺内 健(てらうち・けん)1980年8月7日、兵庫・宝塚市生まれ。38歳。小学5年で競技を始め、中国出身の馬淵コーチに指導され、94年日本選手権の高飛び込みで当時史上最年少の13歳で優勝。2001年世界選手権は3メートル板飛び込みで銅。五輪には5大会出場し、00年シドニーの高飛び込み5位が最高。170センチ、68キロ。

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