【山梨】市川、最後の夏に「ミラクル」を超えてくれ…91年春4強エース・樋渡さんがエール

久しぶりに触れたという硬式球を手に笑顔を見せた91年市川のエース・樋渡さん
久しぶりに触れたという硬式球を手に笑顔を見せた91年市川のエース・樋渡さん

 四半世紀が過ぎても、この季節になると特別な思いにとらわれる。

 樋渡卓哉さん、46歳。1991年春、山梨の県立・市川高校のエース右腕としてセンバツに初出場すると、2試合連続の逆転サヨナラ劇で4強入り。その快進撃は「ミラクル市川」と呼ばれ、球史に残る存在となった。1914年創立の母校は今年度末で近隣の峡南・増穂商との統合・再編が決まっており、選手権山梨大会に単独出場するのは今回が最後。「(市川の)校名がなくなるのはさみしいな、と思います」と本音がこぼれた。現在は山梨県内で働きながら妻と2人の子どもたちと4人暮らし。平日は仕事、休日は子どもとの時間が第一だ。それでも大会のテレビ中継が始まると「やっぱり見ちゃいますね」と笑う。

 東京・品川区生まれ。父親の仕事の都合で、小6で山梨に転居した。「冬は寒くて電車のドアが手動。あれが一番ビックリしたかな」。小3で始めた野球は投手一筋。都大会3位になった強豪チームで鍛えられた少年は「硬いボールがイヤで」小、中学校と軟式野球でプレー。「小さいころから行きたかった場所」甲子園を目指し、地元の市川高に進んだ。

 その高い能力をすぐに見抜いた渡辺文人監督(71)は猛練習を課した。目指したのは樋渡さんの制球力と常に先を狙う緻密な攻撃力を組み合わせることで、全国に通用するチーム。下宿生活では朝から晩まで野球漬け。「しんどかったし、本気で辞めようと思ったことも何度かあった」と振り返る。高校での思い出を聞くと「そりゃ、野球しかないですよ」と苦笑い。監督の熱血指導と、選手たちの「甲子園へ」という思いが花開き91年春、ついに市川ナインは聖地に立った。

 初出場の県立校が2試合連続のサヨナラ勝ちで4強に進出。人々が「ミラクル市川」と呼ぶ快進撃の中心に、全試合を投げ抜いた樋渡さんがいた。野球を始めた時からあこがれ続けた甲子園。四方から押し寄せる歓声の中、「それまでの自分を全て出し切れた」。春以降は右足の疲労骨折に苦しみ、春に続いて出場した夏の甲子園で8強入りも「満足な投球はできなかった。あの春は最高でしたね」。28年が過ぎても、思い出は色あせない。

 大学卒業後、私立高のコーチを務めた時期もあったが、現在は野球と離れた生活を送る。休日は5歳の長女、3歳の長男と過ごすのが何よりの楽しみだ。長男はまだ、父の活躍を知らない。それでも「妻が話したようで、テレビに野球選手が映ると『パパがいるね』と言うんです」。一瞬で、優しい父親の顔になる。「甲子園でやりきれた、と思えたから、今があるのかもしれませんね」。離れた場所から、後輩たちを見守る。

 14日、市川は甲府一との初戦に臨む。後輩へエールを、とお願いすると「とにかく、やりきってほしい」と言葉が返ってきた。高校野球の試合は約2時間。「2時間なんて、あっという間。何があるかわからないから、いろんなことを想定して、3年間の全部を出し切る試合をしてほしい」。勝敗の先にある“完全燃焼”の大切さを訴えた。

 「ミラクル市川」から28年。春夏通じ、山梨県で市川の4強を超えるチームは未だに現れていない。夏3勝、春7勝の甲子園勝利数は、私学の東海大甲府(夏20勝、春8勝)に続く県内2位。選手権山梨大会3連覇中の山梨学院(夏2勝、春2勝)を大きく上回る。2013年夏の日川を最後に、甲子園出場は私学ばかり。願っているのは“令和のミラクル”登場だ。「もう、自分達がミラクルと呼ばれる時代じゃない。僕たちを超える、もっと強いチームが山梨に出てきてほしい」。言葉が熱を帯びた。

 卒業後、遠ざかったままの球場。「今年は、行こうと思っています」。白地の胸に「ICHIKAWA」の文字が輝くユニホームは昔のまま。かつて自分が背負った1番をつけた後輩に、声援を送るつもりだ。「いつかは負けるのが高校野球。勝ち負けより大事な、いろんな思い出が残る夏にしてほしい」四半世紀を経て得た思いを、後輩たちに託した。(大津 紀子)

 ◆樋渡 卓哉(ひわたし・たくや) 1973年6月25日、東京・品川区生まれ。小3で軟式野球を始め、小6で山梨に転居後は、田富小、田富中と軟式でプレー。市川では91年春、夏と甲子園に連続出場し、春4強、夏8強の成績を残す。3歳下の弟・勇哉さんも94年夏の甲子園にエースで出場。「樋渡兄弟」として注目された。卒業後は慶大、高野山大を経て日本航空高のコーチに就任。2002年、同校コーチとして夏の甲子園出場。現在は県内企業に勤務。右投右打。家族は妻と1男1女。

  • 91年センバツで全4試合を投げ抜き4強入りに貢献した樋渡投手

    91年センバツで全4試合を投げ抜き4強入りに貢献した樋渡投手

久しぶりに触れたという硬式球を手に笑顔を見せた91年市川のエース・樋渡さん
91年センバツで全4試合を投げ抜き4強入りに貢献した樋渡投手
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