デビュー15年目・丘みどり、波乱万丈の演歌道…6月新曲「女の花吹雪」発表

波瀾万丈の演歌人生を送ってきた丘みどり(カメラ・関口 俊明)
波瀾万丈の演歌人生を送ってきた丘みどり(カメラ・関口 俊明)
6月に新曲「女の花吹雪」を発表した丘みどり
6月に新曲「女の花吹雪」を発表した丘みどり

 2005年に「おけさ渡り鳥」で歌手デビューした丘みどり(34)は今年デビュー15年目。9月7日にリサイタル(新宿区立新宿文化センター)を控え、先月に新曲「女の花吹雪」を発表した。「ノリのいい曲でリサイタルで披露するのが楽しみ」と意気込む。歌手を夢見て民謡教室に通いコンテストを総なめした天才少女が、足を踏み入れたのはなぜかバラエティーの世界。歌手デビュー直後に母親が他界、ヒットにも恵まれず雌伏の日々を過ごしたが、拠点を大阪から東京に移して一気に花開いた。「みどり劇場」はまさに波乱万丈、演歌を地でいった34年だ。

 9月のリサイタルに向けて先月「女の花吹雪」を発表した。同曲は丘がファンと一緒に盛り上がれるように希望した作品だという。

 「私の歌って激しい女の情念とかの曲が多いので、コンサートの時に皆さんが手拍子できて盛り上がれる曲が欲しいとずっと思っていました。できた曲はイメージした応援歌のようなノリで、みどり よっこいしょ―みたいな合いの手も入れられて、絶対にみんなで盛り上がれます。すてきなオリジナル曲が私のレパートリーに入ってうれしい。リサイタルもこの曲があるとないとで大違いで、舞台では今までと違った味が出てくるかも。私も楽しみです」

 「ファンに支えられている」―。これは丘の口癖だが、ごひいき筋の“檄”で歌手としての自覚も生まれたそうだ。

 「ファンの方一人一人が『何とかしてあげなきゃ』みたいな“熱”がすごいです。(16年に)上京したてのキャンペーンで『いつか紅白歌合戦に出られるような歌手になりたい』とあいさつしたら『そんなのんきなことを言ったら駄目。今年出る気持ちでいないと。夢は口に出さないとかなわないよ』と諭されました。人前で『紅白に出たい』と言えなかった自分に闘志を作っていただきました。コンサートでも個人個人がデザインして発注した(名前と同じ)緑の法被で応援を頂いてます。そこまで応援していただいている姿を見て、絶対に弱音を吐かずに紅白出られるまで諦めない気持ちにもなりました」

 歌が好きな少女が歌手を意識したのは、鳥羽一郎のコンサートを見てからだ。

 「物心ついた時から歌ってました。家族が見ているテレビを自分で消して私のステージが始まり、みんなずっと見させられる感じの毎日でしたね。ホームビデオを見ると3歳の頃に島倉千代子さんの『人生いろいろ』を歌っているんですが、私それ覚えてないんです。記憶にあるのは初めて連れていってもらった鳥羽さんのコンサート。バンドの前でどしっと動かずに歌う姿に『かっこいい。私、鳥羽一郎になる』。これが私の原点で5歳の時でした」

 幼稚園から民謡教室に通い、小5の時に「兵庫県日本民謡祭名人戦」で最年少優勝。歌手を目指したが、スタートは畑違いのバラエティータレントだった。

 「初めて出た大会でたまたま優勝して『私、本格的にやったらうまいんじゃない』と調子に乗って、教室も変えて歌手を目指しました。で、オーディションを受けるんですが、今ならネットで見つかりますけど私の頃はオーディション雑誌しかなくて、1ページ目に掲載されていた『ホリプロ大阪 新人オーディション』に応募しました。運良くグランプリを取りましたが、事務所の方に『何がやりたくて入ってきたの』と言われて『演歌歌手になりたいです』。『え~、ウチはバラエティーしかやらないよ』って。それからくりぃむしちゅーさんと毎週ロケに行っては、水に突き落とされたりもしました。先日、『ミラクル9』(テレ朝)でご一緒した時、有田(哲平)さんが『体張ったことをさせたから共演NGだと思っていた』と言っていました。オフィス街の公園でドラム缶のお風呂に入る仕事もありました。昼休みのサラリーマンがチラ見する時に『ハ~いいお湯だね』ってやるんですが、けっこう楽しんでやってました」

 ホリプロ大阪を辞めて音楽の専門学校に通い、カラオケ番組の出演をきっかけに歌手デビューしたが、その直後に最愛の母が余命半年のがん宣告を受けた。

 「宣告を聞いている私としては母と一秒でも長くいたい気持ちと仕事している姿を見せた方がいいのかという思い、その両方あって複雑でした。その間、同期デビューの歌手がテレビ出演しているのを見て、悔しい思いもありました。精神的に弱くなってきた母を元気づけようと、最後にした約束が『絶対に紅白に出るから、それまで何とか病気と闘って生きて』って。でも母が亡くなってね、ちょっと心も折れて辞めようかと…。事務所との契約終了も決まっていて、残った半年間は好きなことだけしようと心に決めていました」

 それから天国のお母さんが背中を押したように歯車が回り出した。NHK「歌謡コンサート」に出演して全国区へ名乗りを上げた。

 「初めてNHKホールに立った時は『ここが紅白の舞台か』と、母とした約束を思い出しました。何か見えない力に押されるように、いろんなことがどんどん決まって『あれっ、これって歌手をやめる必要あるのかな』みたいな気になって事務所の方に相談したら『ウチではできひんから、もっと大きないい事務所に行き』って移籍を勧めてくれました。私もいろんなところに手紙書いて、今の事務所に拾っていただきました」

 17年に「佐渡の夕笛」のヒットで念願の紅白歌合戦への切符をつかんだ。

 「何とも言えない。うれしいの一言では言い表せない。いろんなことあったな~って。一番思ったのはファンの方。いい人ばかりで紅白の道は皆さんが作ってくださっただけだと思っています。それにお母さんに『時間はかかったけど、約束は守れたよ』とすぐに墓前に報告しました。紅白で歌い終わった時には『来年もここに立ちたい』と強く思いましたね。運良く翌年も出させていただいて、初出場と違ってちょっとだけ周りをキョロキョロできて、けっこう楽しめました」

 歌手で活躍する一方、フジテレビ系「志村けんのだいじょうぶだぁ」では準レギュラー格で出演。水やビールをかけられるシーンもあるが、昔のバラエティー経験が生きているようだ。

 「お話を頂いた時には内心『ラッキー』と思いました。最初、志村さんが気を使ってくださって『汚れたりとかはないから、気軽に来てください』と言われましたが『ちっちゃい頃から見ていて、かけられるの夢なんです。何かかけてください』と私がリクエストしました。今は志村さんに『水をかけられてもビールをかけられても心から楽しそうに笑うって、本当に変な子だね』って言われています。夏のスペシャル版(8月14日放送予定)にも出てますので見てください」

 現在、作詞にも挑戦していて、早ければ来年にも作品が発表されるだろう。これからもいろんな顔を見せてくれそうだ。

 ◆一人焼き肉で“おじさん”に

 ―素になれる瞬間は。

 「一人で焼き肉食べている時かな。旅が続くと、ずっと誰かとご飯を食べていますからね~。おとといも行きました。一人焼き肉は塩対応の店員さんのいる近所の店に決まっていて、そこでは丘みどりじゃなくてちょっとおじさんです。まずはビールと大好きなハラミ、それからちょっとミスジにいってから最後はまたハラミで締める感じです。一人飯は好きで、この間も女子一人では行かないような、おすし屋さんに入っちゃって、L字カウンターの真ん中で両脇とも全員50、60代のサラリーマンばっかり。右側は私に全然気づいてなくて『焼酎飲めるんなら、一緒に飲む』って感じ。逆サイドは『絶対に丘みどりだよ』って、携帯で調べては『これこれ』みたいにやっていました。声はかけられませんでしたが、お会計の時『どうも、丘です』と告げて帰りました(笑い)」

 (ペン・国分 敦、カメラ・関口 俊明)

 ◆丘 みどり(おか・みどり)本名・岡美里。1984年7月26日、兵庫県出身。34歳。18歳の時にローカルアイドルグループ「HOP CLUB」のメンバーとしてデビュー。2005年から「丘みどり」として「おけさ渡り鳥」で歌手デビュー。16年に活動拠点を東京に移し、17年発売の「佐渡の夕笛」がヒットし、同年の第68回NHK紅白歌合戦に初出場、昨年も出場し2年連続に。市川由紀乃、杜このみと「雪・月・花~新演歌三姉妹~」としても活動。8月30日に出演映画「引っ越し大名!」が公開される。血液型A。

波瀾万丈の演歌人生を送ってきた丘みどり(カメラ・関口 俊明)
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