ジャニー氏、20年東京五輪に並々ならぬ思いを抱いていた 過去最大規模のJr.ユニット構想も叶わず

ジャニー喜多川社長
ジャニー喜多川社長

 ジャニーズ事務所のジャニー喜多川(本名・喜多川擴=きたがわ・ひろむ=)社長が7月9日午後4時47分、解離性脳動脈瘤(りゅう)破裂によるくも膜下出血のため都内病院で亡くなった。同事務所から発表された。87歳だった。先月18日に都内の病院に救急搬送された。搬送時に意識はなく、その後の懸命な治療も実らなかった。

 フォーリーブスや少年隊、SMAPなど数々の大スターを育成したジャニーズ事務所のジャニー喜多川(本名・喜多川擴)社長が亡くなったことが9日、同事務所から発表された。87歳だった。

 ジャニー氏がまだ生後9か月だった1932年、当時住んでいた米ロサンゼルスで第10回夏季五輪が行われた。初代「ジャニーズ」がデビューした64年には、前回の東京五輪を間近で触れた。来年開かれる20年東京五輪にも並々ならぬ思いを抱き、最近のプロデュース舞台には、必ず「TOKYO EXPERIENCE」というテーマを盛り込んだ。

 過去最大となるJr.数十人規模のユニット「トゥエンティー・トゥエンティー」の構想も練っていたが、全てがかなわぬことになった。

芸能

×