プロップ具、パス禁止も20分に4トライした高校時代…恩師が語る日本代表

W杯代表入りに手が届くところまで成長した具
W杯代表入りに手が届くところまで成長した具

◆日本文理大付属高・染矢勝義元監督

 日本代表の恩師を訪ねる連載の第7回はプロップ具智元(24)=ホンダ=を大分に迎え入れ育てた染矢勝義氏。高校の寮の目の前にある店「遊楽」で、具も愛した豚骨しょうゆ味の佐伯ラーメンを食べながら「ここでメニューにないトリプル(3玉分)を頼んでいた。別なところ(店)では替え玉を10回頼んで、スープがなくなって足してもらったり」と教え子の大食いっぷりを懐かしそうに振り返った。

 兄・智允(ホンダ)とともに佐伯市にやってきた時、まだ中学生だった。染矢氏は編入のために関係各所を回り、受け入れに力を注いだ。高校の練習に参加した具は、小6から留学していたニュージーランドでのニックネーム「デニー」と呼ばれて、かわいがられていた。入学後は全体練習と別に、韓国代表の伝説的プロップだった父・東春さんの与えたメニューも1人でこなしていた。

 「低い姿勢でタイヤを押したり、引いたり、山を走ったり。器具を使わずに、スクラムで大事な筋肉を鍛えていたんだと思う」

 愛らしい笑顔そのままに、温厚で穏やかな性格は時にプレーに悪影響を及ぼした。自分で突破せずパスをしてしまう優しすぎるところがあった。

 「一度、試合中に怒ってNO8に据えた。パスは禁止、ボールを持ったら全部自分で行け、と。そうしたら20分で4トライくらい取ってきた(笑い)。今、ディフェンスで自分から強く当たりに行ったりするのを見ると、成長したなと感じますね」

 強豪ではなかった高校から拓大、ホンダでゆっくり、大きく育ってW杯を目指す位置まできた。

 「ここで終わりじゃない。3回は出てほしい。4回目の時(2031年)も37歳…いけるでしょう!」

 恩師は第2の故郷から、活躍を楽しみにしている。

 ◆具 智元(ぐ・じうぉん)1994年7月20日、韓国・ソウル生まれ。24歳。小6でラグビーを始める。ニュージーランド・ウェリントンに留学後、大分・日本文理大付高に入学し2年時にU―17日本代表入り。拓大を経て17年からホンダ所属。スーパーラグビーのサンウルブズには16年から参加。17年11月のトンガ戦で日本代表初キャップ。兄・智允(27)はホンダ所属のセンター。183センチ、122キロ。

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