キレイごとと分かっていても誰かが声を上げないと…車椅子ユーザーの講演を聴いて

講演会を開いた(左から)三代達也氏、小澤綾子、中嶋涼子
講演会を開いた(左から)三代達也氏、小澤綾子、中嶋涼子
ウユニ塩湖を訪れた時の様子を語った三代氏
ウユニ塩湖を訪れた時の様子を語った三代氏

 障害者はいまだに別の社会で生きていると思われることが多い日本。しかし海外では健常者と障害者の区別は少なく、共に生きていく中でそれぞれが補い合い、互いに出来ることで助け合えればという考えが広まっている。

 海外渡航経験のある車椅子ユーザー3人が、6月中旬に都内で「車椅子で世界へ!」という講演会を行った。

 進行性の難病を抱えながらも今年3月10日に都内で400人以上を集めるコンサートを開催した車椅子シンガー・小澤綾子(35、筋ジストロフィー)、NHK・Eテレの番組にレギュラー出演しているイケイケ車椅子タレント・中嶋涼子(32、横断性脊髄炎)、車椅子トラベラー・Miyoこと三代達也氏(30、四肢麻痺)だ。

 小澤は学生時代に「あと10年で車椅子生活、その後は寝たきり」と宣告を受けた。しかし「落ち込んでも何も始まらない」と困難に挑んでいくことを決意し、外資系IT企業に勤めながら結婚。シングルをリリースするなど歌手活動も本格化させ、2018年には「国民幸福度世界一」のデンマークへ、バリアフリーの視察と歌声を届けに渡欧した。

 一方、原因不明の病気で9歳の時に車椅子生活となった中嶋は、引きこもりがちだった頃に米映画「タイタニック」との出会いで心を揺さぶられ、自分も映画で人々の心を動かせるようになりたいと勉強のため本場アメリカに7年間留学した。

 学生時代にオートバイ事故で四肢麻痺となった三代氏も、人生の師匠となる人物や多くの人との交流を重ねる中で挑戦することの楽しみを覚え、2017年~18年にかけ270日間単身世界一周を成し遂げた。

 3人はそれぞれの海外経験をおもしろおかしく、丁寧に語った。共通しているのは世界へ飛び出していくことのすばらしさ。世界各国のバリアフリー事情について良い点も悪い点も紹介した。

 重度の内部障害(心臓機能)を抱える私は、講演で三代氏が口にした「No Rain No Rainbow」というワードに深く感銘を受けた。直訳すれば「雨が降らなければ虹は出ない」という言葉だ。三代氏は「障害を負った時は地獄だな、もう人生が終わったなと思ったけど、今は車椅子に乗っていることが価値となって講演会や仕事をさせてもらえている。虹が少し架かってきた状態。でもその前には悩みや問題という雨が降っていました。それを乗り越えて耐えていれば、もしかしたら虹が出るかもしれない。いや、きっと虹は出る」と言い切った。

 約20年前に心内膜炎と脳梗塞を併発し一時は半身不随となった私も、当時は死んだほうが楽になれる、もう起きられないんじゃないか、眠るのが怖いと感じていた。しかし、スポーツ紙を発行している会社の協力のおかげで社会復帰を果たした。多くの出会いを繰り返す中で、人々の優しさに救われ、生き残れた自分に出来ることは障害者の理解、バリアフリーを日本に広げることだとの思いで記者を続けられている。

 三代氏は「どこの国も両手両足が不自由な僕がある程度困らなかった。そこには世界共通の、そこに住んでいる方々の助けがあったんです。ありがとうを伝えたら、『そんなお礼を言われるようなことはしていない』と返されたこともあります」と世界中の優しさに感謝し、助け合うことは当たり前と言われたことも明かした。さらに日本人のハートの優しさは世界トップクラスだと評価したが、「表現するのが苦手だと思っています。2020年には東京オリンピック・パラリンピックで世界中の人が日本を訪れます。障害を抱えている人とか困っていそうな人の前を素通りする日本人にはなって欲しくない。まず声を掛けること、それが第一歩かな」と希望した。

 現在の日本では、障害者は世間との触れ合いに慣れていない。善意の優しさにも警戒心を持ってしまうことがある。表現の仕方が分からないので壁を作ってしまう。健常者も障害者と触れ合う機会が少ないので敬遠しがちだし、ただでさえ遠慮しやすい日本人は、もっと遠慮してしまうというスパイラルに陥ることが多々ある。お互いに一歩踏み出す勇気を持ち理解を深めることで共生社会、誰もが暮らしやすい日本を実現していって欲しい。心の壁はそれぞれの気の持ちようでいくらでも崩していけると信じている。

 また観覧者からの質問で「こういう講演会では成功体験が語られる。聞いている方から『あなただから出来るんでしょ』と言われることもあると思うけど、今充実している3人はそういった言葉が来た時にどう返答しますか」というものがあった。

 中嶋は車椅子生活になった当時のことを「その頃の自分は受け入れられなかった。でも今こうして、アメリカに行っていろいろな人と出会って。車椅子は個性だと気付けた時に自分しかできないことがあると思った」と振り返った。「パラリンピアンにはなれないけど、講演会をすることでアメリカのバリアフリー事情を伝えられるのは自分にしかできないと自負しています。だから『あなたにも出来ることがある』『あなたにしか出来ないやり方があるはず』と返したいです」と言葉を選びながら考えを示した。

 小澤も「私と同じ病気で30年間寝たきりだった友人がいました。私は将来寝たきりになると言われた時に、何の希望もないし生きていて楽しいのかなという想像が膨らんでいました。でもその人は指一本しか動かせないのに『毎日やることがありすぎて秘書が欲しい』と言っていたくらい充実していて。その言葉がものすごく衝撃的で、どんな状態でもやりたいことはなんでもできるんだと将来が明るくなりました」と話した。その上で「その人なりの幸せや希望があって生きているんだなって。だからその質問には『私も出来なかった』と返します。そういう人たちも、いつか出会いがあって気付く時が必ず来ると思います」と笑顔を見せた。

 3人は確かに成功者だ。しかしここまで来るのにとてつもなく大きな壁を乗り越えてきたことは想像に難くない。傷付きながらも前を向き、暗い雨の中を必死にもがき進んできた。1つの成功体験を得るのにその数十倍、数百倍の辛い思いをしてきたことだろう。そうして磨かれ、他の人たちより少し前に進めているからこそ、世間に声を届けられるからこそ、日本における障害者の現状や、バリアフリーの必要性を訴えるために活動をしている。それでも、まだまだ苦しい思いが消えたわけではないし、ありがちな「困難を乗り越えたすばらしい人」という偶像などでもない。

 私たち当事者は障害者のことを特別視しろという上から目線ではなく、生活するのに困難を伴うから最低限の協力をしてほしいと願っているだけだ。それこそ多様性で身体的特徴や体調によっては無理をできないこともあるが可能な限りの努力もする。協力してくれた方々に感謝を忘れることはないけれど、気持ちに余裕が持ていないことも分かっていただきたい。キレイ事を言っているのは百も承知。押し付けがましいと思われるかもしれない。それでも誰かが声を上げないと。そして彼女らの活動が少しでも世間に届いてくれることを期待したい。(記者コラム・松岡 岳大)

講演会を開いた(左から)三代達也氏、小澤綾子、中嶋涼子
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