「苦しみ抜く」3日開幕の将棋王位戦7番勝負 挑戦者・木村一基九段が直前の思いを語る

木村一基九段(2016年9月27日、第57期王位戦7番勝負最終局)
木村一基九段(2016年9月27日、第57期王位戦7番勝負最終局)

 木村一基九段(46)が豊島将之王位(29)=名人、棋聖=に挑戦する将棋の第60期王位戦7番勝負が3日、名古屋市で開幕する。「千駄ヶ谷の受け師」の異名を持ち、ファンから絶大な人気を誇るA級棋士。現在、将棋界の頂点を極めている3冠を相手に、7度目のタイトル挑戦で悲願成就、史上最年長の初タイトルを目指す。決戦前夜の思いを聞いた。

 決戦を目前にした木村は自然体だった。気負いを感じさせず、真っすぐな視線で大舞台を見つめている。

 「もう挑戦することはないだろうと思っていましたから。不思議な感覚です。出られるのは幸せなことですけど、楽しんで良いものじゃないですからね。苦しみ抜かなきゃいけないんじゃないかと思います。耐えられるのかな、という怖さもありますよ。挑戦者に向いている人間かは分からないので、勝ちます、なんて鼓舞することは言えないですよ」

 タイトル初獲得の最年長記録は1973年2月、第21期棋聖戦で有吉道夫八段(現・九段=引退、83)が中原誠棋聖(現・十六世名人=引退、71)から棋聖を奪取した時の37歳6か月。木村の初戴冠となれば、46年ぶりの記録更新となる。挑むのは、唯一の3冠保持者である豊島王位。春には圧巻の開幕4連勝で佐藤天彦前名人から名人位を奪取し、絶頂期を迎えている王者と言えるだろう。

 「どんな人か、まだつかめないままですけど、充実している人ですからね。不安と、やれる、出来るんだという思いが交錯しています。まあ、彼にもミスが全くないわけじゃないでしょうし、臆病にならない方がいいですね」

 加藤一二三、谷川浩司、羽生善治、渡辺明、藤井聡太。中学生棋士5人の栄光が証明するように、将棋界は早熟の天才が時代を担ってきた。一方、奨励会三段リーグで7年を過ごした木村が四段に昇段したのは23歳の時。デビュー後は解き放たれたように活躍を続け、2005年度の竜王戦でタイトル初挑戦。以降6度のタイトル戦に挑んできたが、いずれも届かず。勝てばタイトル、という一局を逃したことは8度に及ぶ。初タイトルへの7度目の挑戦は史上初のケースとなる。

 「中には1回で獲れちゃう人もいるのに、私は何回やっても獲れないんですからね。でも、だからなのか、山ほど棋士がいる中で私を応援してくださる方もいる。もちろんまずは自分のために指しますけど、喜んでいただきたいなあとは思います。でも、本当に思い掛けないご褒美ですから…勝ち負けは分かりませんけど、どう考えてもプラスにはなると思います。活かせたら、伝えられることも増えるでしょうね」

 3年前の前回挑戦時、3勝2敗と先に王手を掛けながら、第6局から羽生王位(当時)に連敗して敗退。局後、思いを問われて何も言葉を発せられなかったシーンは今も多くのファンの記憶に残っている。

 「力がなかったんです。だから自分には縁がないものなんだって、折り合いを付けるしかなかった。運命だなんて思うのは…とても嫌ですよ。あれから半年くらい、何か不安定でした。40代も半ばになりましたし、自分には他に出来ることはないのか、なんて考えたりもしましたけどけど…結局これ(将棋)しかない。逃げられないんです」

 どんな大棋士も40代後半にも入れば緩やかに下っていく。ところが、木村は昨期の順位戦B級1組で2位になり、A級に復帰。今回の王位挑戦に至る過程でも前王位の菅井竜也七段(27)に2勝。挑戦者決定戦では羽生九段を破っている。好調の理由はどこにあるのだろう。

 「単純に(研究を)やった時間が増えただけだと思います。質は変わりません。量です。いや、40になってから頭が悪くなったのが分かるんですよ。だから目標は現状維持なんです。でも、理解できることは増えたし、工夫もできるようになった。新しいアイデアがないと戦えないんです。年上の羽生さんや谷川先生が頑張っていることも励みになりますよ。諦めは…少し悪くなりましたね。あとは電池切れだけしないように」

 現代将棋では少数派の「受け(守備・防御)」の棋風で「千駄ヶ谷の受け師」の異名を持つ。菅井戦も羽生戦も徹底的に相手の攻め駒を封じ込む職人芸が光った。「悪い時でも頑張れるように。投げ出さずになんとかついていこうと思えるようになりました」。耐え忍ぶスタイルは、歩んできた棋歴とも重なる。

 インタビューの間、木村は一度も「タイトル」という単語を発しなかった。軽々に言葉に出来るものではないのだろう。

 「今は、半々ですよね。自分には獲れないんじゃないかってどこかで思う気持ちと…なら記録を破ってやろうかっていう気持ちと。悔いは残したくないです。いつも悔いだらけだから」

 46歳の勝負師は今、大いなる舞台に立つ。盤上には無数の思いが宿る。(北野 新太)

 ◆木村 一基(きむら・かずき)1973年6月23日、千葉県四街道市生まれ。46歳。故・佐瀬勇次名誉九段門下。小学6年で小学生名人戦ベスト8。85年、奨励会入会。97年、23歳で四段昇段。2002年、新人王戦優勝。10年、朝日杯優勝。通算1005戦639勝365敗1持将棋、勝率・636。解説での軽妙トークは絶大な人気を誇る。羽生善治の研究会メンバーでもある。家族は夫人と2女。座右の銘は「百折不撓」(何度も挫折しながら、立ち上がって戦い続けること)。

【タイトル初獲得年長者〔順位―棋士―年齢―獲得年―タイトル―四段昇段時年齢―四段昇段後期間―初挑戦後期間〕】

〈1〉有吉道夫―37歳6か月―1973―棋聖―19―17年9か月―6年6か月

〈2〉桐山清澄―37歳5か月―1985―棋王―18―18年11か月―8年9か月

〈3〉森けい二―36歳3か月―1982―棋聖―21―14年3か月―5年1か月

〈4〉深浦康市―35歳7か月―2007―王位―19―15年11か月―11年2か月

〈5〉大内延介―34歳6か月―1976―棋王―21―13年0か月―8年8か月

参考…木村一基―46歳0か月―未獲得―未獲得―23―22年3か月―13年7か月

※木村の年齢と期間は7月1日現在

【木村一基九段の全タイトル戦〔年度―棋戦―保持者―勝敗〕】

〈1〉2005―竜王戦―渡辺明―●●●●

〈2〉2008―王座戦 羽生善治―●●●

〈3〉2009―棋聖戦―羽生善治●〇〇●●

〈4〉2009―王位戦―深浦康市―千〇〇〇●●●●

〈5〉2014―王位戦―羽生善治―〇●持●●〇●

〈6〉2016―王位戦―羽生善治―〇●●〇〇●●

※千…千日手、持…持将棋

※竜王、王位は7番勝負、王座、棋聖は5番勝負

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