【阪神】ノムさん来たけど“当然の負け”に矢野監督「いろんな課題が出た」

甲子園球場を訪れた元監督の野村克也氏
甲子園球場を訪れた元監督の野村克也氏

◆日本生命セ・パ交流戦 阪神3―7西武(23日・甲子園)

 「不思議の負け」はなかった。ため息に包まれた甲子園のスタンドに一礼し、矢野監督が敗戦を受け止めた。「いろんな課題が出た。改善して、成長しなければいけないところは、今日の試合でたくさんあった」。2回に大山がタイムリーエラーとなる一塁悪送球、6回も近本の悪送球が追加点につながり、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という恩師の格言をかみ締めたはずだ。

 99年から3年間、阪神を指揮した野村克也氏がテレビ収録のために訪れた。矢野監督にとっては、正捕手に育ててくれた偉大な存在。昨年10月には都内の自宅へ出向いて監督就任を報告した。試合前に2人で言葉を交わし、野村氏は重みのある言葉で弟子の背中を押した。

 「元気そうでよかったよ。『頑張ってくれ』しかないけど。監督って大変だよ。すごい責任と、義務がね。彼は大丈夫だと思うよ」

 交流戦は6勝10敗2分けで終わったが、貯金は1。3年連続最下位で阪神を去った野村氏は「(シーズンは)ちょうど半分か。まだ始まったばかり。チャンスはある。いくらでもある」と、自身が虎で成し遂げられなかった優勝を矢野監督に託した。

 ただ、“ボヤキ”を忘れないのもノムさんらしさ。試合中のガッツポーズは、矢野監督と阪神ナインのトレードマークとして定着。ベンチに明るさも持ち込んでいる。しかし、野村氏は「大反対。試合中に万歳してるようじゃダメだ。ゲームセット、勝った、万歳。それならOK。勝って万歳せい」とバッサリ。この“ご指摘”も愛情の裏返し? 12球団最多の66失策と成長途上の阪神は、リーグ戦再開となる29日の中日戦(ナゴヤD)から再スタートを切る。(長田 亨)

 ◆矢野監督と野村克也氏 矢野は中日から移籍した98年、吉田義男監督の下で山田らと併用されたが、ヤクルトを退団した野村氏が阪神の監督に就任した99年、プロ9年目で初めて規定打席に到達。打率3割を達成し、オールスターにも初出場した。2000年に野村監督の息子のカツノリがヤクルトから移籍したが、矢野は114試合、01年も119試合に出場。野村監督時代の3年間で、正捕手としての地位を確立した。

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