【ヒルマニア】MLBでのサイクル安打、日本人野手8725試合目で達成

サイクル安打を達成した大谷(ロイター)
サイクル安打を達成した大谷(ロイター)

 ◆レイズ3―5エンゼルス(13日、タンパベイ・トロピカーナフィールド)

 大谷の日本人選手初のサイクル安打。投手で言えばノーヒッター級の快挙だ。メジャーで通算3089安打を放ったイチロー氏も、王手をかけた試合が11度もありながらできなかった。エンゼルスの歴代達成者を振り返りながらサイクル安打の歴史をヒルマニアがひもといた。

 けっして多くない私の米国でのメジャー取材だが、サイクル安打に関しては、95年8月25日フィリーズのG・ジェフリーズ、01年6月16日マリナーズのJ・オルルドと2度快挙達成に居合わせた。王手をかけた打席の緊張感、そして達成時の敵味方のファン関係ない大声援。この日の大谷も、1万5291人とけっして多くはなかったトロピカーナ・フィールドのほとんどのファンが立ち上がって拍手を送った。

 01年のオルルド達成時はイチローの1年目、快足で狙えば本塁打が打てる安打製造機がいつかはやるだろうと思ったが、王手をかけて打席を迎えた試合が11度もあった。一番惜しかったのは04年8月21日のタイガース戦か。王手をかけてから3打席も回ってきたものの本塁打が打てなかった。また09年5月31日エンゼルス戦では、一塁線を抜いたが冷静に三塁を狙わずに二塁で止まっている。日本人選手でサイクルに王手で打席を回ったケースは松井秀喜の6度含め、のべ29回、大谷も今年6月8日マリナーズ戦で三塁打が打てなかった。ただ、この日のように単打が出れば、というケースは井口資仁の07年7月5日オリオールズ戦だけだが、最後は四球で惜しくも逃した。

 結局、日本人野手(大谷の打席に立たない登板試合は除く)としてのべ8725試合目にして初めての快挙となった。この4種類安打を放った時の、「CYCLE」という言葉は、1933年ワシントン・ポスト紙が最初に使った、とディクソンの野球辞典に掲載されている。その後、年を重ねるごとに昔の記録が掘り起こされ、この日が公式戦325回目。DHでは史上6人目、複数勝利を挙げた投手経験を持つ選手での達成は、あのイチローに年間安打記録を抜かれたジョージ・シスラーに次いで2人目というデータが出てくるのだ。

 最後に1961年に誕生したエンゼルスの達成者を見ると球団最初のスター選手、フレゴシが2度達成している。1度目は大谷と同じ4打席で決め、2度目は延長11回にもつれたため、サヨナラ単打が記録につながった。トラウトは6年前、最後の打席で本塁打をかっ飛ばして決めた。仲のよい2人による今後2度目、3度目(3人だけ)のチャレンジを大いに期待したい。(ベースボールアナリスト・蛭間 豊章)=敬称略=

試合詳細

蛭間 豊章
 (ひるま・とよあき)1954年3月8日、埼玉県生まれ。名門・大宮高野球部は1年で退部したが、野球への愛着が募り、73年報知新聞社入社。記録記者、MLB専門記者と野球一筋。野球知識検定3級。ウェブ報知内のブログ「ベースボール・インサイド」(https://weblog.hochi.co.jp/hiruma/)も好評連載中。愛称は「ヒルマニア」。

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