バイク事故で亡くなった青木篤志さんが大仁田厚を全日本に呼び戻していた…金曜8時のプロレスコラム

5月20日に世界ジュニア王座を奪取したばかりだった青木篤志さん
5月20日に世界ジュニア王座を奪取したばかりだった青木篤志さん

 この時期はプロレスラーの命日が続く。5月13日は初代三冠ヘビー級王者・ジャンボ鶴田さんの命日(2000年、享年49歳)で、6月13日は初代GHCヘビー級王者・三沢光晴さんの命日(2009年、享年46歳)であり、このコラムでも毎年、回顧するようにしているテーマだ。

 5月24日には、「令和になってもジャンボ鶴田さん最強説」というテーマで書いた。それを書くため、同20日に東京・後楽園ホールで行われた全日本プロレス「2019 SUPER POWER SERIES」でのジャンボ鶴田メモリアルマッチ(秋山準準組VS渕正信組)を取材しに行ったわけだが、その大会のセミファイナルで世界ジュニアヘビー級王座を奪取し、第51代王者に輝いた青木篤志さんが、6月3日夜にバイク事故で41歳で亡くなるという悲劇に見舞われた。

 青木さんは東京・北の丸公園の首都高トンネル内でバイクとともに倒れているのを発見され、搬送先の病院で死亡が確認された。現場は右カーブで、トンネルの壁には衝突した跡があったという。警視庁高速隊によると、青木さんが何らかの原因でカーブを曲がり切れず、事故を起こしたとみて調べている。

 鶴田さんの追悼セレモニーが終わり、取材する予定になかった試合を後楽園ホールのバルコニーからながめていた。青木さんが岩本煌史(29)を14分26秒、トラップオーバーで仕留める王座奪取劇にあわててカメラを構えて撮影した。2014年にウルティモ・ドラゴンを破っての初戴冠など過去にも王座についているが、ようやく説得力のある王者が誕生したなと感じた。

 青木さんは自衛隊から2005年にプロレスリング・ノアに入団。2010年には丸藤正道と組んでGHCジュニアヘビー級タッグ王座を獲得。2012年に秋山準社長に付いて全日本プロレスへ移籍し、ジュニアヘビーのエースとして活躍した。

 4月に行われた平成最後のチャンピオン・カーニバルでは、真霜拳號の負傷欠場により、急きょ代打出場。ジュニア選手ながらヘビー級選手を相手に4勝4敗の五分という存在感を見せた。

 ジュニア王座挑戦の「SUPER POWER SERIES」のパンフレットには巻頭インタビューで登場しており、岩本に対して「アイツは挑戦者の域を抜け出せていない」「ベルトを持っている=チャンピオンではない」「ベルトを取って全日本ジュニアをもう一回作り直したい」などと名言を連発している。

 青木さんの王座奪取に、アジアタッグのパートナーだった佐藤光留(38)が挑戦を表明し、今月18日の後楽園ホールでの「2019 DYNAMITE SERIES」で初防衛戦が決まっていた。

 99代アジアタッグ王者組だった青木さんと佐藤は、2016年11月27日に両国国技館で、大仁田厚&渕正信の121歳コンビ(当時59歳と62歳)と世代を超えた戦いを演じている。1985年に全日本で1度目の引退式を行った大仁田を全日本に登場させるのは、2001年1月の「ジャイアント馬場三回忌追悼興行」(東京ドーム)、2014年12月の渕のデビュー40周年興行(大阪府立体育会館)以来の禁断の遭遇だった。

 呼びかけたのが青木さんだった。2016年10月15日の新潟・三条栄体育館で、丸山敦、竹田誠志組の挑戦を退けた後、青木さんはマイクをつかみ、次の防衛戦の相手として「全日本プロレスの歴史を知っている人と言ったら渕さん。渕さんの同期の大仁田さん」と1973年に全日本に入団し、翌74年にデビューした全日本草創期の同期コンビを挑戦者に指名したのだった。

 大仁田は王道マットに有刺鉄線電流爆破バットを持ち込んだが、渕が制止したため封印したが、机上パイルドライバー、イス攻撃、赤い毒霧で2人の顔を赤く染めた。とどめは渕がバックドロップ7連発で佐藤をフォールし(14分17秒、片エビ固め)、現存日本最古のタイトル、アジアタッグの第100代王者に就いたのだった。

 2017年6月20日の帯広市総合体育館大会で、青木さんが13分3秒、腕固めで渕に雪辱を果たし王座を奪回。青木さんは、7か月の期間限定ながら、“邪道”大仁田という“毒”を新生・全日本マットに引きずり出し、活性剤にしてみせた。

 大仁田は昭和の全日本プロレスに、ジュニア王座(当時はNWAインターナショナルジュニアヘビー級選手権)を定着させたパイオニアでもあった。そして青木は、令和になって初めての世界ジュニアヘビー級選手権で王座を奪取。新たなジュニア戦線が期待されただけに残念だ。

 大仁田は訃報に際して「全日本プロレスでアジアタッグ選手権を戦った青木篤志選手がバイクの事故で亡くなった。レスリングのベースがあって、バランスのいい素晴らしい選手でした。俺が全日本時代に持っていたベルト(の後身)世界ジュニアのチャンピオンになったばかりだという。ご冥福をお祈りします」とコメントしている。大仁田がからむと否定的な声が集まりそうだが、青木さんが尊重したこの歴史の流れは誰かが受け継がないといけない。(酒井 隆之)

 ◆青木 篤志(あおき・あつし) 1977年9月25日、東京・大田区生まれ。2005年12月24日、プロレスリング・ノアで太田圭則と組んで、田上明、三沢光晴組を相手にデビュー。2013年に全日本プロレス入団。得意技はアサルトポイント、スパイラル・ポセイドン、腕ひしぎ十字固め、トラップオーバー。タイトル歴は世界ジュニア、アジアタッグ、GHCジュニアタッグ、AAA世界タッグ。170センチ、85キロ。

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