京マチ子さん、両まゆそり落とし大役ゲット 生涯独身を通し億ション購入…評伝

森光子さん(右)の舞台を観劇し楽屋で記念撮影(2010年1月)
森光子さん(右)の舞台を観劇し楽屋で記念撮影(2010年1月)

 映画「羅生門」「地獄門」などに出演し、国際的スターとして活躍した女優の京マチ子(きょう・まちこ、本名・矢野元子=やの・もとこ)さんが12日午後0時18分、心不全のため都内の病院で亡くなった。95歳だった。京さんが数多くの作品に出演した東宝が14日、発表した。密葬はこの日、親交の深かった石井ふく子さん(92)ら友人の立ち会いのもとで営まれたという。大阪松竹少女歌劇団のダンサーから映画女優に転身。キャリアの後半はテレビドラマや舞台でも活躍する一方、私生活では生涯独身を貫いた。2006年の舞台「女たちの忠臣蔵」が遺作となった。

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 2つの運命のいたずら。もしこれがなければ、京マチ子さんの人生も世界の映画史も違ったものになっていただろう。戦後の邦画界はスター探しの争奪戦が展開。「京=大映」のイメージが強いが最初はOSK(大阪松竹歌劇団)だから松竹だ。

 しかしここでの清純派思考の枠に収まり切らず、才能をもてあましていた。大映はOSKから当時大物スターだった勝浦千浪さん(2002年死去)を引き抜こうと狙っていたとされる。ところが舞台にいた粗削りながら、不思議な存在感を放っていた京さんにも目が留まった。一緒にカメラテストを受ける幸運に恵まれた。カメラを通して映る姿は、プロの目をくぎ付けにする妖しい色気をまとっていた。

 有名な逸話だが「羅生門」で演じた女性の役は最初、原節子さん(2015年死去)で内定していた。ところが、原さんのスケジュールの都合がつかなかったという。大映は、京さんを使うよう強く働きかける。役への覚悟は尋常でなく、最初に黒澤明監督に会った時、すでに両方のまゆをそり落としていた。この役への決意は映画史に残る傑作へと導いた。

 私生活では生涯独身を通し、「話題のないのが話題の女優」とも言われた。65年には日本で初めての億ションとされる東京・表参道の「コープ・オリンピア」の広さ約200平方メートルの部屋を購入し注目を集めた。釣りが趣味で、一時は海に近い神奈川・油壺に別荘を持っていたことも。デパートでキッチン用具を見るのが趣味。自ら台所に立ち料理をし、1本の口紅を1年間使用するなど、質素な一面も持っていた。

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