72歳のキラー・カーンと70歳のケンドー・ナガサキが46年ぶり共演トーク「俺の方が先輩だ」で譲らず

トークショーを行ったキラー・カーン(左)とケンドー・ナガサキ
トークショーを行ったキラー・カーン(左)とケンドー・ナガサキ

 1980年代に米国で悪役レスラーとしてトップに君臨したキラー・カーン(72)=本名・小沢正志=とケンドー・ナガサキ(70)=本名・桜田一男=が6日、日本では46年ぶりの共演を果たした。

 カーン(現在はカン表記)が経営する東京・新宿区の居酒屋「カンちゃん」(JR新大久保駅すぐ)でトークショーを行った。伝説のデスマッチ団体、W★ING代表の茨城清志氏(68)の呼びかけで実現した。

 両雄とも大相撲から日本プロレスを経て、米国で成功した共通点があるが、1973年の日本プロレス崩壊後は、新日本プロレスと全日本プロレスに分かれ、米国フロリダで共闘したことはあったが、日本で一緒にリングに上がることはなかった。46年ぶりの共演ということになる。

 カンさんは、1963年春場所に春日野部屋から初土俵、越錦として幕下まで務め、1971年に日本プロレスに入門。73年にアントニオ猪木の新日本プロレスに移籍した。ナガサキこと桜田氏は、1964年初場所に立浪部屋から初土俵。1971年に日本プロレスに入門している。73年の日本プロレス崩壊後にジャイアント馬場の全日本プロレスに移籍した。進行役の元週刊ゴング編集長の清水勉氏(62)は「どっちが先輩なんですか」と聞くと「俺が先輩だ」「いや、俺の方が早い」と双方が譲らず。相撲を廃業してから入門までの時期があいまいだった。

 清水メモによると、ともに1971年6月デビューの2人の初対決は10月26日の高岡市体育館で、桜田氏が体固めで勝利している。通算26回対戦して桜田氏の12勝8敗6引き分け。清水氏は「桜田さんの方が先にプロレスの門をたたいてるような気がする」と結論付けた。

 米国で成功後にカーンがジャパンプロレスとして全日本プロレスに参戦したことはあったが、ナガサキは逆に新日本プロレスに参戦し、すれ違いが続いた。「俺は馬場さんの所に行きたかったんだよ」とカンさん。「日本プロレスで誰の付け人にあてがわれるかで人生が変わったんですね」と清水氏。カンさんは坂口征二、桜田氏は上田馬之助の付け人だった。紆余曲折あったが、ともに米国で成功したことは間違いない。

 フロリダでは「そっちはバクチやってケンカばかりしてた」と桜田氏がカンさんをネタにすると、「バカ言ってんじゃないよ」とカンさんが言い返すなど、米国での金、女、銃など、レスラーらしい武勇伝の応酬が2時間続き、客席は沸いた。

 カンさんは大仁田厚や長州力を例に、引退試合をしながら現役復帰している後輩レスラーたちに苦言を呈し、「そっちもやめてから出てないよね。俺も40歳でやめてるから」とともに引退後にリングに上がっていないことで共感。「でも引退興行やってないから、けじめでやってみたいですよ」と、カンさんは、セレモニーでリングに上がる可能性を示した。

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