【山形】元GM・中井川取締役が退任 チーム愛語る「自分の子供のようなもの」

スポーツ報知
インタビューに応える中井川氏

 J2モンテディオ山形の礎を築いた中井川茂敏氏(61)が30日までに「スポーツ報知」のインタビューに応じた。4月で取締役を退任し、5月5日のホーム・岡山戦(NDスタ)がラストマッチとなる。母体となったNEC山形サッカー部の強化に奮闘し、1993年に東北勢初のJFL昇格。2007年から14年までゼネラルマネジャー(GM)を務め、2度J1に昇格させた。支え続けたクラブへの思いを語った。(取材、構成・小林 泰斗)

 木山隆之監督(47)が指揮して3年目の今季、3度目のJ1昇格へ向けて好調だ。6勝3分け2敗で2位。2部練習を増やし、選手も練習の成果を自信と結果に変えている。

 「山形の伝統は、粘り強さとハードワーク。それをもう一度復活させていければまた良いチームができる。今からが本物の厳しさだと思う。そこをどう戦い抜いていくか。今はチームの状態も良いし、皆も頑張ってくれている。悪くなった時にどう対応するかが大切。先を見据えながら計画的にチームづくり、クラブ運営をしてくれたらと思う」

 クラブの第一歩は1984年、山形日本電気の鶴岡工場から生まれた「同好会」。92年の地元開催の国民体育大会に向けて、中井川氏は86年から強化・運営の責任者を務めた。地元有力高の選手、都内の大学でAチームに入れなかった選手らを獲得し、地道に力をつけていった。90年から東北社会人リーグを4連覇し、93年に東北のクラブとして初めてJFL昇格を決めた。

 「JFLへの挑戦は3回失敗した。景気が悪くなり、廃部にするという話も出た。(93年が)最後のチャンスだった。入れ替え戦で負けてしまったが、廃部したチームがあって一枠空いた。その決定戦で勝つ事ができた。運とツキもあった」

 97年に山形が社団法人となり、中井川氏はNEC山形総務部などへの勤務に戻ったが、07年からGMに就任した。08年、育成にたけた小林伸二監督(58=現J3北九州監督)を招へいし、J1初昇格。14年のJ1再昇格や同年度の天皇杯準優勝、J1在籍4季全てでフェアプレー賞を受賞するなどクリーンなチーム作りにも尽力した。第一線から退くが、山形への思いは変わらない。昭和、平成と同じく、令和でも支えていく。

 「生む苦しみも知っているし、育てる苦労も知っている。自分の子供のようなもの。選手の成長を見ること、人を育てるという部分が楽しかった。これからも違った形で協力、貢献したい。その他にも、山形県内でスポーツを楽しむ人や、子供たちにも、フェアプレーの大切さ、フェアな人生を送る大切さを伝えていきたい」

 ◆中井川 茂敏(なかいがわ・しげとし)1958年1月26日、山形県生まれ。61歳。日大山形から日大法学部、82年にNEC山形に入社。86年からNEC山形サッカー部の強化・運営担当。90年から東北社会人リーグ4連覇、93年の東北勢初のJFL昇格に貢献。2007年~14年にGMを務め、15年からは役員と強化担当を兼任した。

 ◆モンテディオ山形 1984年、NEC山形サッカー同好会として発足し、93年にJFL昇格。95年にイタリア語の「山(モンテ)」と「神(ディオ)」を組み合わせ現チーム名に。99年からJ2に参戦。08年にJ1初昇格。昨季はJ2で12位。チームカラーは青、黄。ホームタウンは山形市、天童市などを中心とする全県。ホームはNDソフトスタジアム山形。

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