有森裕子さん、小出義雄氏訃報に涙「東京五輪のマラソンを一緒に見たかった」

涙ながらに取材に応じた有森さん(カメラ・橘田 あかり)
涙ながらに取材に応じた有森さん(カメラ・橘田 あかり)

 女子長距離界で多くの名選手を育てた小出義雄氏の死去を受け、教え子の一人で1992年バルセロナ五輪マラソン銀、96年アトランタ五輪銅メダルの有森裕子さん(52)が24日、都内で思い出を語った。涙ながらに「2020年の東京五輪のマラソンを一緒に見たかった」と悼んだ。84年ロス五輪マラソン代表でスポーツジャーナリストの増田明美さん(55)も故人をしのんだ。

 自らを世界のトップクラスに押し上げてくれた恩師の訃報。体調が悪いことを知っていた有森さんは「その時」の覚悟をしていたものの、何度も言葉を詰まらせた。この日朝、小出さんの親族からの連絡で亡くなったことを知ったが、これまで親族との交流は全くなかった。「ご家族の方は監督の携帯で私の連絡先を知り、ご連絡をくださったんだと思います。まさに、監督(小出さん)自身から(訃報の連絡が来た気持ち)ですね」と明かした。

 最後に会ったのは、3月10日の名古屋ウィメンズマラソンの会場。同じく小出さんの教え子でシドニー五輪金メダリストの高橋尚子さんや鈴木博美さんらと偶然一緒になり、みんなで写真を撮った。「その時は選手インタビューをしに行ったはずなのに、いつの間にか監督が30分以上話していた。一生懸命、自分が見ている選手の話をしていました」。体調は悪かったはずだが、そのそぶりはみじんも感じさせなかった。

 有森さんは大学卒業後、押しかける形で小出さんの指導を仰いだ。「ケンカもしたし、手が掛かるアスリートだったと思います」。小出さんの懐の深さに助けられ、一流ランナーへの道を駆け上がった。「私は故障が多かったのですが『何で(故障したのか)』ではなく『せっかく(の故障だから何ができるか)』と考えるようにと言われたことが一番の言葉。『物事で意味がないことはない』と。あの言葉で立ち向かうことができたし救われた」と振り返り、目を真っ赤にした。

 多くの門下生の中でも“長女”の立場である有森さん。「『おまえが最初(の弟子で)で良かった』と思ってくれていたらうれしいなと思います。2020年はブツブツ言いながらでもいいから、一緒に五輪のマラソンを見たかった。『上から見て、応援してください』と伝えたいですね」と話した。(高柳 哲人)

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